娘の武勇伝 | 子連れホームレスからの再起・・・私の貧乏の戦い方

子連れホームレスからの再起・・・私の貧乏の戦い方

人生何が起きるかわからない、身内に翻弄されて子連れホームレスになった薄給リーマン一家の自力再生と今。

娘は小さいときから運動神経が良かったみたい。


娘の運動神経がいいことに気がついたのは近所のおばちゃんたち。


1歳ちょうど、普通ならやっとヨチヨチ歩きの子たちの中で、

すでに鉄棒で ブタの丸焼き をやっていました。


2歳の時には、

「ぷ~ちゃん(娘)は大きくなったら何になるの?」


「バレーボールのオリンピック」


近所でバレー好きなおばちゃんにすりこまれてました(笑)


バレーをやっているおばちゃんたちは、バレーを勧め

新体操をしていたおばちゃんたちは、新体操を勧める。


この子の運動神経なら将来が楽しみだ!と色んな人に言われていたんですが、


1番信じていなかったのが母親の私。


お兄ちゃんが運動音痴で、夫も私も運動神経は悪い方。

そんな一家に運動神経のいい子が生まれるなんて思ってもみませんでした。


小さい頃ちょっとくらい他の子より運動が出来ると言っても、

うちの子はちょっと身体が大きい分そう感じるだけなんだと思ってたんです。


その後も、

小学校の持久走でもお喋りしながらゴールまで楽しそうに走ってゴール、

運動会の徒競走ではのんびり屋さんなとこが災いしていつもスタートで出遅れるものの、

ごぼう抜きで一位。


バスケットもソフトボールでも、水泳以外のスポーツなら

「以前やってたでしょ?」と言われるくらい難なくこなす器用さも持ち合わせているよう。

そんな娘を見ていて、先生にも他のお母さんたちにもスポーツを勧められていました。


ところが肝心の娘は

「決まった時間に決まったとこに行かなきゃいけないのがメンドクサイ」

「遊びの時間がなくなるのがイヤ」

と言っては拒み続けてきました。


今年の夏休みも遊びに行く以外は家でゴロゴロで運動不足。


それでもスタートが切られると息が上がることもなく走るんですよねぇ。


それも運動部の子たちをごぼう抜きのぶっちぎり


同じ親から生まれたのに、お兄ちゃんは頑張っても頑張っても、

人並みについていければ奇跡ってくらい運動神経に恵まれていない。


どうやら娘は、お兄ちゃんが

お腹の中に装備し忘れてきたものまで持って生まれたきたようです。



今思えば、そのおかげで命があったんだと思う出来事もいくつか・・・


1番の事件は、当時住んでいたマンションのベランダから落下しそうだったこと。


まだ1歳の頃、

昇れないように、足場になるものは片付けていたベランダの手すりに

お腹を乗せて、頭が手すりの向こう、足はベランダの内側。

ベランダの手すりでやじろべぇ状態の娘を発見!


もう、次の瞬間に落下してもおかしくないような危機的状態です。


キッチンで料理中の私、血の気が引きました。

子供って頭が重いって言いますよね。

悲鳴で驚いて落ちるといけないと、無言でベランダに飛び出して

娘の足を掴みました。


腰が抜けるとはああいうことなんでしょうか?

しばらく娘を抱いたままベランダで放心状態の私。


見回しても、やはり1歳の子が足場に出来るような物はありません。


下で遊んでいた小学生に聞いてみると

「ぷ~ちゃ~ん!って声をかけたらよじ登り始めたよ、ビックリした~」


近所の小学生にいつもかわいがってもらっていた娘、

たぶん一緒に遊びたかったんでしょう。


でも、お出かけは玄関からにしてもらいたい!


今は笑い話に出来るけど、背筋の凍るような娘の武勇伝のひとつです。