「ファファード&グレイ・マウザー」という私の大好きなファンタジー小説の傑作シリーズがある。

特に私が好きなシーンは主人公の一人、グレイ・マウザー(元魔法使いの弟子だが、ほとんど魔法は使えない。本人いわく「魔法がどれだけ危険なものか分かる程度には習った」。図書館からちょろまかした魔法書を荷物の中につっこんでいるががまえがき以上読んだことはほとんどない。それでいて辛辣な批評はする。)が仕えている魔法使い「七つの目のニンゴブル」に報告するシーン(後期作品ではグレイ・マウザーは「目なき顔のシールバ」に仕えているが、初期作品ではふたりとも「七つの目のニンゴブル」に仕えている)。

 

「七つの目のニンゴブル」(後期作品では正体不明だがこのシーンでは完全に宇宙生物のような外見。人間が修行の果てに人外の存在となったのか、もともと人外の存在なのかははっきりしない)報告をするシーン。

真理の探求を目的とする魔法使いニンゴブルの求める奉仕は知識。

グレイ・マウザーは壮大で奇想天外な報告を堂々と行う。

しかし、その報告のまったくの嘘、デタラメ。

グレイ・マウザーという男、天性の嘘つきなのだ。

ところが、ニンゴブルは報告が嘘、フィクションであることを十分に理解している。

ニンゴブルはその報告を様々な方向から検討し、分析、分解、再構成を繰り返し、真理へ到達しようとする。

「天性の嘘つきは自分でも知らないうちに真理に近づいている」というのがニンゴブルの持論なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ネットの使える現代人は情報収集においてファンタジー世界の魔法使い以上の存在だ。

しかし、単なる情報の集積が真理につながることはないだろう。

そこに指針を与えてくれるのは、(ニンゴブルにとってのグレイ・マウザーのような)天性の嘘つきによるフィクション、妄想かもしれない。