前回の続き

天風ヨガの創始者、中村天風のヨガの先生(グル)の教え方がまさに「教えない」という教え方だった。

弟子入りしても何も教えてくれない。

ただ、思い荷物を背負わされて連れ回されるだけ。

食事は一日に一回。稗を一杯。稗粥ですらない。ただ、生の稗に水を注いでかき混ぜたもの。

ただし、果樹の多い地域で、歩きながら果実をもいで、食べることは許されていた。

つまり、一日の食事は一杯の生稗と果物少々だけ。

天風、当時は肺結核を患い、栄養をとらねばと、インドに来る前は肉、牛乳、卵をふんだんにとっていた。

それだけにこの食事は相当にこたえたのだろう。

ついに先生にうったえた。

「こんな食事じゃあ体がもちません」

ところが、先生、葉っぱを食べている象を指差してこういった。

「あの象を見ろ。葉っぱを食べてあれだけ大きな体を維持している。あの耳たぶぐらいの体重しかないおまえが何を言っている?」

先生の言葉にしたがうしかなかった天風だが、体重は減るどころか増え、結核も完治した。

 

あるとき、先生はクンバカという行法を教えてくれた。

しかし、その教えは、

「全身を水を満たした瓶のごとくにせよ。これがクンバカである(原文は英語)」

と、ただこれだけ。

天風は数年に渡って試行錯誤を続け、ついにクンバカを体得した。

それは

「息を止め、肛門を締め、肩を落とし、下腹を丸くふくらませる」

というものだった。

それを見た先生は

「できたな。それがクンバカだ」

といい、

「外国人を含めたくさんの弟子をとったが、お前ほど早くクンバカを会得したものはいない」

とほめた。

 

後年、天風は会員にクンバカを教えるとき、

「あなた達は運がいい。私が長年苦労してやっと会得した行法を一日で教えてもらえるんだから」

と笑ったという。

しかし、外形的には同じ形とはいえ、長年試行錯誤を繰り返し自力で辿り着いたクンバカと一日で教えてもらったクンバカは同じといえるだろうか?

教えてもらったクンバカが本物になるに自力で辿り着いたのと同じかそれ以上の時間が必要になるのではないか?

はたしてどちらが効率的なのか?

 

付け加えると、実は天風が体得し、会員に教えたクンバカはヨガの伝統的なクンバカとは異なる。

息を止め、肛門を締めるところまでは同じだが、ヨガのクンバカはあごを胸に押し付けるようにして喉を締め、腹をふくらませるのではなく、逆に内蔵を引き上げるようにして腹を思い切り凹ませる。これでも体を水を満たした瓶のようにしたことになる。ただ、この場合下部ではなく上部がふくらんだ瓶ということになる。

ヨガには腹をふくらませるというテクニックはない。これは明らかに禅や仙道の丹田呼吸法のテクニックだ。日本で居合や柔道などの武道を修行した天風にはこのテクニックが合っていたのだろう。

しかし、先生はそれこそがクンバカだといった。

インドのヨガのテクニックとは外形的には異なっている。

しかし、日本人の天風にとってはそれこそが正しいクンバカの形だと認めてくれた。

 

逆にテキストで形だけ覚えた外国人がトゥリバンダを披露しても

「それはクンバカではない!」

と一蹴されたかもしれない。