(自身のことについては、また別の機会に触れます)
今年のコンクールも終了。
例年「メダルの色は関係ナシ」と、方針としては云っていても、
絶対に取りたくない色(笑)はある訳でね。
学生時代は、きちんと練習してさえいれば「あの色」は
取らないものだと思っていたのだけれども、
大人になって、どうやらそういうもんでもないらしいということを学習しているので、
それなりに気を揉みはする訳だ。
そういう意味で、表彰式での結果発表を聴いたときには、
正直ほっとしたというか、肩の荷が降りたというか、
不文律ではあるけれども、最低限のノルマは達成できたかなという
安堵の気持ちで一杯だったな。それ以上でも、以下でもない。
評点は過去と比べても悪いものではなかった。
というよりも、初年度から講評用紙を並べてみれば分かるけど、
点数自体は右肩上がりに伸びているというのが事実。
個々のメンバーの質(という表現は失礼だけれども)について云えば、
今回のそれは過去と比べて決して高かった訳ではなく、
むしろ昨年・一昨年と比較したら、、、ね。
たぶんこれはみんな肌で感じていただろうとは思う。
でも評価が過去2年よりも良いということは、バンドとしての能力に関して、
多少なりとも向上はしているのだろうと考えるのが正嫡なんだろう。
今年に関しては、何が評価されてあの点数になっているのか
ちょっと謎ではあるけれど、出演順で考えれば
少なくとも前の4団体がベンチマークになっているのだから、
何となくあの点数が付いてる訳でもない。
ただし、現状の合奏のみの練習形態でこの先の向上を望むのは、
もう限界なんだろうな、とも思うのだ。
つまりは個人の技量と練習量をそのまま足し算する従来の方式ね。
修正や各種指示は合奏の時間にしかできないし、
パートによっては(自身も含めて)、
周囲に寄せる技術そのものが不足していたり、
正しい方向にまとめ上げるための方法論や、
コミュニケーション能力そのものを欠いているところもあるということ。
個別にパー練やセク練をやっといて、ったって
それはムリな話だろうから、
やっぱり練習のシステム自体にこれらを組み込んでいくしか
現状の先へいくのには方法がないんじゃないのかなと思うのだ。
何か他に良い方法はあるか?
もちろん個別に公民館でもリハスタでもカラオケでも、
全体練習以外の時間で集まって確認ができれば良いのだけれど、
実際どのパートにもセクションにだって、そこまで強要できないだろうし、
個々の都合はもちろん、意欲の差や温度差の問題だってある。
この意欲や温度の差ってのがまた、難しい。
いくつかの泣き言も耳にしたし、トラブルも例によってあったけど、
実際問題一般の楽団で、うちのやり方ってのは、
まだまだ全然ソフトだし、優しい。
フレンドリーだし、「過剰に」親切だと思う。
つまり、うちでつとまらないひとは、
どこに行っても吹奏楽はできないだろ、ってこと。
厳しいようだけど、これは現実だと思うのだ。
もちろんここで問題にしているのは
技術の巧拙ではなくて、マインドの問題ね。
そこは間違えないでほしい大事なところ。
「自分」や「個」を真ん中に置いては、道を誤るのだと思うよ。
確かに神は細部に宿る、、んだけど、重箱の隅ばかり見ていて、
大切な全体像を見逃すのは本末転倒そのものでしょ。
集団のために、どうやって貢献できるのかをまず考えることが
そこに帰属するそもそもの意味あいなんだから。
どんな形でもいいから組織の役に立つこと。
自分自身の「楽しい」の根源はここにあると思っているのだが、
いかがか。
あら、脱線したか。愚痴になっちゃった(笑)
この辺はしかし、啓蒙する側の責任でもあるな。
そういう意味で我々は明らかに過渡期にきている。
「自分が大切」であったり、傷をなめあったり、伝えるべき必要なことを飲み込んで
生暖かい関係性を維持するのが「楽しい音楽」の方法論だって認識は
ぼちぼち改めるべきなんじゃないのかな。
集団で音楽をやるということは、つまりはそういうことです。
