情報という尺度で描いた住宅には、家族の姿がない。
いったいどこにいったのか?
家族はそれぞれ別々の情報機器を使って外へ「出かけて」いるのだ。
電話、インターネット、デジタルテレビ、携帯電話…。
その姿はまるで、外部の情報網によって家自体が引き裂かれているかのようだ。
子ども部屋という「家」は母船の「家」から浮上し、情報という空を縦横無尽に飛行しているのだ。
あるいは情報の海を漂泊しているといってもいいかもしれない。
パソコンネットワークに情報で対抗できる親なんかいない。
携帯電話での友だちとの会話に対抗できる親密感も難しい。
でも、それは世界中で起こっていることです。