昨日のお客さんはオーストラリア人の家族で、お母さんと姉妹、それにお姉さんの旦那さんの四人と、香港人男性一人。
昨夜の夕食から今朝の朝食まで、美味しいと言ってくれるのだが、外国人は少しずつ残される人が多く。
今朝も味噌汁の中のネギを避けてあったり、手を掛けて作った干し柿のヨーグルト漬けを、ヨーグルトだけ食べて干し柿を残してあったりすると悲しい。
四人家族は7時に朝食を食べ、7時半には野尻駅を目指して歩いていかれた。
香港人は8時に朝食を食べ、9時半頃出発して行った。
ポットの調子が悪くなり、パイプをメーカーから取り寄せたので、部品交換。
10時過ぎから二十歳の孫娘と穴掘りをし、孫は10時半にバイトに行くため帰っていったので、後は私一人で80㎝くらい掘った。
3時頃、納棺士の真似事をして、ナナの体を整えてやり、花や線香を用意しておいた。
夕方、6時近くになり、長女夫婦、三女、次女のところの長女、長男のところの次女、私の妹とその三女、私達夫婦の九人で埋葬をし、何かに掘られないように大きな石で覆っておいた。
墓標の裏
花桃や 忠犬ナナも 散り流る
駄句の花桃
花びらが流れている。
夕食には皆集まり、散らし寿し・ポテトサラダ・肉じゃがなど。
埋葬立ち合いの人数に、長男夫婦も来たので、13人でお別れの会をやって、ナナを偲んだ。
私はテレビなどでペットの葬儀をしている様子を見るにつけ、たかがペットに大げさな・・・と思っていたのだが、本当に家族の一人を失ったような喪失感がある。
我が家では子供の頃ミミという名の雑種の犬が居て、凄く利口で忠実な犬という感じ。
短足で耳の大きな犬だったので、ミミという名がついた。
亡くなった時どうしたのか覚えがないが、行方不明でそのままとなっていた気がする
その次に親父が猟犬のポインター種の犬を貰ってきたが、親父は貰ってきただけで散歩もさせず、餌やりもお袋任せ。
自分は何もせずに「うちの犬は痩せとるで、お前の餌やりが悪い!」とお袋に文句を言っていた。
一年くらいで逃げ出してしまい、どこへ行ったか分からないので最後を見ていない。
次に平成6年に、馬籠峠付近で捨てられていた六頭ほどの.子犬が保護され、保健所行きの運命で役場の倉庫で啼いているのを、私が気付いて一頭貰ってきたのが、6年生まれのロック。
頭が悪く、高い所も水も苦手で、洋犬の雑種らしく体力のある中形犬で、お人好しで愛すべきキャラだった。
何度も鎖ごと逃げ出して、鎖が木や岩に絡まって動けなくなり、観光客の人に助けてもらったりしていた。
この犬も結局平成16年に居なくなってしまい、最期を看取っていない。
こうして見送ってあげられたのは、今回のナナが最初。
そんなことから、ナナへの思いが溢れてきたのかもしれない。