昨日、予約申し込みがあり、妻と話し合ったが結局受けることにした。

 

まだ今後の感染の広がりも予測できない中、心配しているだけでは先に進めない。

 

泊まりたいというお客さんを断ってばかりも気が引ける。

 

仕事で来られるらしく、長野県在住だし、大きな会社で感染対策もしっかりしているようなのも、受けた理由の一つではある。

 

 

 破竹が出だして、茹でて・・

 

夕食の煮物に・・

 

 

 家の周りから集会所近くを草刈り中に、近くの昔の消防小屋の屋根に松が生えていた。

 

見えないが、木の葉や竹の葉が溜まって、腐葉土になっているのだろう。

 

消防小屋

 

軒下の台車は、この上に消防ポンプやホースなど一式が載っていて、火事の時にこれを引いて駆けつける。

しかし、軽トラの普及で軽トラに乗せ替えて火事場に向かうことから使われなくなり、外に放置されたまま。

 

十九歳で町ポンプ躁法大会に出た時、チリンチリンと鈴を鳴らしながら、この台車と同型の台車を押して出た時の事を思い出す。

 

小屋の中の物はもう使われることは無いだろうし、もうそろそろ処分して片付ける時期にきていると思われる。

 

町内の、他地区のこうした消防小屋がどのようになっているか分らないが、このブログはお代官様も見ていらっしゃるようなので、情報のひとつとしてあげておこう。

 

 

 ミヤマオダマキ

 

紫色の濃いもの

 

この花のハンドルネームの方、こちらからメッセージの仕方が分らないので、見ていたら連絡欲しいです。

 

 

 今年は作るつもりの無かった、山蕗の「きゃらぶき」。

 

家の周りの蕗を見ると、やっぱりもったいない。

家の周りの蕗だけ採ることにした。

 

家の裏の、川沿いの蕗。

 

大きな葉の上に・・。

 

雨蛙が鎮座していた。

 

川の水は濁っている。

 

雌滝の上流の工事の濁りだろう。

魚も餌が見えないことだろう。

 

私は蕗の株の保護の為、カッターナイフで切り取ってくる。
いきなり引っ張って採ると、株や根が抜けてしまい、弱くしたり少なくしてしまう。

 

葉は手でちぎる。

 

蕗のアクで指が黒く染まり、二日くらいはとれない。

 

明日は「きゃらぶき」作りで、ほとんどは冷凍しておく。

お客さんに食べてもらえる日は、いつになることか・・。

 

 テッセンが一つだけ咲いている。

 

ジャガイモは今のところ順調。

種芋を頼む時数量を間違えて、注文し過ぎてしまった。

 

多過ぎたのだから植えずに食べれば好かったのだが、買った種芋なので何だかもったいなくて、全部植えてしまった。

 

 

 田植えが終わって、一つの節目が済んでやれやれだが、やることや、やらなければならないことは一杯ある。

 

今日は除草剤を散布しておいた。

 

本当は除草剤を使わずに、昔ながらの草取りをすれば好いのだが、手間と体力を考えると頼らざるを得ない。

 

 

 午後は畑や家の周りの草刈りを始めた。

小雨が少し降った程度で涼しく、小雨なのでカッパを着るほどではなくて、草も好く切れて作業はやりやすかった。

 

家の周りがすんだら裏の川向こうや河川敷内や、あちらこちらの草刈りが待っている。

 

刈り終わって一ヶ月もすれば、また最初から伸びた草刈りの繰り返し。

 

緊急事態は全て解除になったが、一ヵ月後、新型肺炎は治まっているだろうか・・。

 

 神仏に物を進ぜる・・という言葉は、死語になっているかもしれない。

 

毎年のことながら、田植えが終われば苗を神棚に進ぜるのは我が家の慣わし。

 

苗の根に付いた土やスポンジ状の代替品を洗い落とし、藁で縛っておく。

 

神棚に上げ、灯明を灯して今年の豊作を祈念して拝礼。

 

 

 和智埜神社の会計業務で、宿場内の同級生の所に行ったが、まだ四時前で宿場内には車は乗り入れ禁止。

 

観光客が少しは居るかと思ったら、全く居ない。

開いているのもこの「えびや」さんくらい。

 

暖簾が下がっていても、閉店中。

 

 

 今日10時から、宿泊業者の話し合いがあり、妻が行ってきた。

 

宿により、6月1日から営業再開する宿も有るし、もう少し状況を見てから・・という宿もあり、其々対応は分かれている。

 

我が家も常連のご夫婦から、6月6・7日、二泊の予約申し込みがあったが、もう少し落ち着いて、お客さんにできるだけ不安を与えないような情況になるまで、休業を続けることにした。

 

ご夫婦には受けられない旨お伝えしたが、本当に申し訳ない思いで一杯。

 

もし、お受けできるようになっても、お二人以上の一組限定とさせて頂くことも考えている。

 

お二人以上というのは、正直、お一人だけでは赤字になる。

お客さん同士の交流や触れ合いが我が家の売りの一つではあるが、お客さん同士で感染させることの無いようにするための、一組限定。

 

早く心配しないで、以前のような雰囲気で楽しんでもらえる日が来ることを祈るばかり。

 

 

 田植えが終わり、やれやれです。

 

毎年、大体23日から25日くらいに田植えをするので、日曜日に田植えをあまりしたことがない。

 

長男が田植機に乗るのは二回目くらいなので、通りや間隔がまだまだ・・。

 

毎年JAに頼んでいるが、今年の苗は根の張りが好い。

 

根を切って外さないと、箱から出てこない。

 

田植機が回るところは土が寄るので、泥押しで均してから植えている。

均す長男。

 

私の植えたところの方が真っ直ぐ。

補植をする長女。

 

補植をする長男と孫。

 

小六と小二の孫のやった後は私が直しておいたが、手伝う気持ちが大事。

 

長女の旦那。

普通の長靴しかないそうだが、マイ田んぼ長靴を用意してもらおう。

 

近くで作業する長女夫婦。

 

妻と嫁さんと孫達。

 

終わってお茶を飲むのだが、お菓子が楽しみな家族ばかり。

 

上の写真と下の写真の二枚の田は、昔、買った田んぼ。

 

下の写真のこの九畝一枚の田んぼだけ、我が家の初代と二代が作った田んぼで、我が家では新田と呼んでいる。

私が中学生くらいまで、冬はスケートリンクにして下駄スケートをしていた。

私がこの新田を植えたのは、祖先への気持ちでもある。

 

 

 午後から松本の事務所で会議。

車で行こうかどうしようか迷ったが、今回は電車で行くことにした。

 

南木曽駅も11時の特急どころか、乗る人は一人もいない。

 

12時過ぎに、松本駅の北口を出たところにある谷椿という食堂に行ってみたら休んでいるので、また駅に戻り、駅舎を上がったところにある「ご飯屋」という店に入った。

 

味噌さばとろろご飯を頼んだ。

とろろをご飯にかける前に撮り忘れた。

 

税込み1,188円は少し高いかな・・。

これより安いメニューも無いし・・。

 

ピザでお腹一杯にする気は無いので隣のピザ屋さんに入らないし、唐揚げ屋さんも苦手だし、手前に二軒の食堂も休業しているし・・。

 

昼時でも人はまばら。

 

午後1時少し前に事務所に着いて、予定人員がそろったので1時20分から会議。

 

3時過ぎに終わって駅に戻り、コンビニのコーヒーを飲んで電車を待ち、3時53分の特急で帰って来たが、行きも帰りも特急電車内は一車両に一人から五人くらいまで、

 

一番人の乗っている自由席も、行きは十人位で帰りは五人くらい。

 

五時頃駅に着き、家に帰ってから田んぼに行ってみる。

 

今日は苗が来たのだが、田の入り口にまとめて広げてあるので、三枚の田んぼに必要枚数を配った。

 

燕の雛が餌を求めてさえずる。

 

順調に大きくなっているようで、糞の量が多くなった。

 

食べさせる親は大変だが、どんどん糞が溜まるよう成長して欲しい。

 

 「一石」というのは「いちこく」と読み、馬籠峠から妻籠側に降りた辺りの「一石栃立場茶屋(いちこくとちたてばちゃや)」とか「一石子安観音」といった地名の一つ。

 

中山間地域の書類提出の必要上、耕作している田の状況を見に、一石の田んぼに行ってきた。

田んぼに続く道路を入ったところに、耕地整理をした時の記念碑が建っていて、伊勢山が綺麗に見える。

 

記念碑 「田圃豊穣」

 

上がって行ったら、案の定地主の一人のJ兄ぃが居て、話をすることができた。

 

田んぼの凹凸を均す木材を見たとき、何を再利用したのかすぐ分った。

 

麦を刈って干す、稲架(はざ)の柱。

 

右側の方は、本来埋まっている部分で穴が無かったそうだが、バランスを取るため二つの穴を開けたのだとか。

 

穴があることで、泥を押しやすく軽くできる。

材は椹(さわら)らしく、腐りにくい木材。

 

二本か三本柱を立てて、その間を細い丸太か竹を通して何段にも麦を架けて干す。

 

親父が竹の上に乗り、下の段の竹に足を絡ませて体を安定させ、両手を使い麦藁の束を干していくのだが、地面の上に置いた麦藁の束の縛った所に竹の竿を遠くから差し込み、3mくらい上の親父めがけて跳ね上げて、お袋が渡すのを助けた覚えがある。

 

麦を作っていたのは、多分小二くらいが最後だったと思うが、麦に土を被せたり踏んだり、刈り取りは普通の鎌で刈るのだが、麦藁は硬くて滑るので手を切ったことなど、その頃の事を久し振りに思い出した。

 

下の写真は以前紹介した、しなの毎日新聞社発行の写真集にあった昔の写真だが、左の中ほどに柱と通した稲架ナルが小さく見える。

もう一つ、珍しいものを見つけた。

 

泥押しだが、引っ張ったり押したりして田んぼの泥を均す器具。

 

板の下部が前後に少し動くようになっている。

 

我が家でも40年くらい前まであったが、壊れてしまいその後アルミのトンボを買っている。

 

アルミのトンボは引っかかるので、泥を少し動かすには浮かすようにして作業しなくてはならず、昔ながらの泥押しが好いので、来年以降の為にこの際作ってみよう。

 

 植え代つくりが終わり、やれやれ。

 

水の浸け具合が多いと土の高低が分らず、少ないとやはり高低が分らない。

 

トラクターで方向転換をして回っていると、どうしても泥が片寄ったりして高低ができる。

 

そのまま田植えすると、低いところは苗が泥に潜ってしまうし、高いところは土が固くなって上手く植えられないし、除草剤が効かない。

兎に角田んぼを平に均さなくてはならない。

 

我が家では私がトラクターで掻いた後、最後に妻を呼んできて運転してもらい、トラクターの後ろに縛り付けたロープで角材を引いて、私が押さえたり動かして平らに均している。

 

最終的には手で均して終わり。

 

きりのいいところまでやっていたら、昼食は2時半からになり、最後の一枚を3時から始めて5時半に終わったが、トラクターを家に自走してきて洗い終わったら6時半。

 

片付けてお風呂に入ったが、我が家の初代の曾祖父は、植え代作りか田植えの時、田んぼから上がって帰って来て、冷えた体で直ぐに熱いお風呂に入ったら中気(脳溢血かな?)になり、七年ほど寝込んだ後私が産まれる前年に他界している。

冷えた体に熱すぎるお湯は心臓への負担が大きいらしいので、こういう時私はぬるい湯に入る。


7時半から久し振りに瓶ビールを一本開けたが、一本を一人で飲むのは大変なので、三女に少し飲んでもらって、いい感じの酔い方だった。

 

足腰の痛みが出るのは、明後日か明々後日か・・。

 

 今日はお袋の整形外科通院日。

 

10時に家を出て、医院に降ろしてから買い物をしていたら、割と早く済んで12時には家に帰ってこられた。

 

 

 午後から田んぼへ行って、代掻き準備。

昨日の作業が効いていて、体が重い。

夕方畑に行っても、自分でも動きが悪い。

 

やはり歳には勝てない。

 

 

 常連さんから、来月の予約ができないか問い合わせが有ったのだが、まだ長野県では宿泊業を本格的に受け入れる通達が出ていないし、受け入れについて25日に妻籠観光協会の話し合いが行われるので、その話し合いの結果により、今後の予約受付を決めたいと返事をさせて頂いた。

 

奥さんが足を痛めて、ここ三年ほど来ることが出来なかったのだが、ようやく癒えたのと、奥さんが喜寿を迎えるので、体が動いて行ける時に行きたいと言っているのだとか。

 

直ぐにでも「お受けします!」と言えないのが悲しい。

 

 

 先日、長男が会社からもらってきたもの。

七笑といえば酒。

 

酒だと思えば、アルコール77%の瓶。

 

コロナの消毒用にということなのだろう。

 

ステイホームで、家での酒の消費は増えているのだろうが、お店での消費は減っているだろうから、通常より全体的に減っているのかもしれない。

 

 田の用水取り入れを改修。

 

改修後

 

水が浸透してくるので、畦を作っていたが取り除いた。

 

これだけ畦が張り出していると、トラクターも田植えも稲刈もやり辛いので、これで楽になる。

 

四十年くらい前までは田んぼだったのだが、それ以後作っていないので、田の土の色が全然違う。

 

取り除いた土はとりあえず畑にして、石を取り除いてから枝豆でも作ろうか・・。

 

作業していたら何か動くのが目に入り、見たらイモリが動いていた。

 

一旦ここに落として水を入れ、多い時はオーバーフローさせて水の高さを調整するつもり

 

一日近くかかって終えたが、土を動かす仕事はくたびれる。