世に憚る常識というのは、文句を言わせないためのおまじないであって、
考えることを抑制することによって実現したそうだ。
集団の無意識が作り上げた、匿名化した社会システムというのが、
わたしは怖い。
言語や感情を排除し、考えることすら排除したシステムの内側にいるということだ。
匿名化されてさまったために、国民の声は届かないし、命も守られないのだ。
憲法改正が話題になり、憲法と法律のヒエラルキーについてはテレビでも語られていますが、
河川法より生存権のほうが強いため、裁判になれば、河川法の規定は適用されない可能性が高い。
とのことです。しかし、
しかしです!
政治や行政というのは命を助けてくれる機関ではない!!!
本当に、この国では生存権をはじめとする「基本的人権」は全く守られていません。
もうすでに憲法自体お飾りであるからして、実態に沿うように変えようというのは、
自衛権云々の問題ではなく、「基本的人権」の問題だったのです!!
もうすでに長い間、この国では「基本的人権」などないのです。
住む家がなく路上生活していることも、生活保護が受けられないことも、一票の格差も、
被爆する下請け労働者も、いじめられて学校に行けず教育権を行使できないことも、親の虐待も
大変な問題は、問題とみなしたら大変なことになる。面倒くさい。解決できない。
だからないことにされてしまっているのです。
政治や行政は何もやってくれません。
「くさいものに蓋」です。
それで
労働、建築、生活、政治、教育あらゆる問題が放置されているのか・・・