頭から離れないのは、感情と認知、感情と記憶について述べた章の、
認知あるいは知的な能力とされる知性は人間的な働きであり、感情は動物的な働きと見なされるため、その動物的な感情を抑制すればするほど、より文化的で人間的だとされてきた。―というくだりである。
動物と比べている間はそう信じて疑わなかったことが、コンピューターと比べるようになって感情が見直されるようになってきたという。
なんかなぁ…である。
女は感情的であるといわれ、それによって下に見られるから、
意識して感情を抑えた場面がたくさんある。
動物的な男より下等とされることが我慢ならなかった。
負の感情だけでなく、すべての感情を抑えてしまったせいか、喜ぶことも下手だった。
そうやって感情を抑えて生きるのは、ちっとも幸せじゃなかった。
幸せを感じるのは、知性でなく感情だからだ。
もっと、感情を大事にしてあげればよかった。
感情こそ、自分そのものなのだから。
特にポジティブ感情は誰に迷惑をかけるでなく、むしろ良い効果を生むものなら、尚更だ。
逆に、人は知に頼れば頼るほど、本能を失っていないだろうか。
実際、優秀だと思われる方々が、様々なことを、本能とは関係なく、知で判断し、決定し、方向付けてきたこの社会は、果たして本当に正しい判断をしてきただろうか。
とてもそうは思えない。
やはりダーウィンは正しかったのだ。と思う
認知的な働きの一部である記憶は感情に近い働きをしており、そういった認知的働きは感情と密接に関連している一方、感情の方も認知機能によって支えられているため、相反するものなわけではないとしても、知的で頭脳明晰な方々を見るにつけ、知的になるほど、危機回避能力をはじめとする本能や、感情が欠落していくのではないかという気がしてならない。
認知あるいは知的な能力とされる知性は人間的な働きであり、感情は動物的な働きと見なされるため、その動物的な感情を抑制すればするほど、より文化的で人間的だとされてきた。―というくだりである。
動物と比べている間はそう信じて疑わなかったことが、コンピューターと比べるようになって感情が見直されるようになってきたという。
なんかなぁ…である。
女は感情的であるといわれ、それによって下に見られるから、
意識して感情を抑えた場面がたくさんある。
動物的な男より下等とされることが我慢ならなかった。
負の感情だけでなく、すべての感情を抑えてしまったせいか、喜ぶことも下手だった。
そうやって感情を抑えて生きるのは、ちっとも幸せじゃなかった。
幸せを感じるのは、知性でなく感情だからだ。
もっと、感情を大事にしてあげればよかった。
感情こそ、自分そのものなのだから。
特にポジティブ感情は誰に迷惑をかけるでなく、むしろ良い効果を生むものなら、尚更だ。
逆に、人は知に頼れば頼るほど、本能を失っていないだろうか。
実際、優秀だと思われる方々が、様々なことを、本能とは関係なく、知で判断し、決定し、方向付けてきたこの社会は、果たして本当に正しい判断をしてきただろうか。
とてもそうは思えない。
やはりダーウィンは正しかったのだ。と思う
認知的な働きの一部である記憶は感情に近い働きをしており、そういった認知的働きは感情と密接に関連している一方、感情の方も認知機能によって支えられているため、相反するものなわけではないとしても、知的で頭脳明晰な方々を見るにつけ、知的になるほど、危機回避能力をはじめとする本能や、感情が欠落していくのではないかという気がしてならない。