未知の味、蕎麦との出会い
レシピや食べ歩きの感想ではなく、食にまつわる思い出の話になります。私の育った家庭では”お蕎麦”を食べる習慣がありませんでした。だから蕎麦がどんな味をしているのかも知りませんでしたし、食卓に一切出てこないことに何の疑問も持っていませんでした。いつもだいたい同じメニューのローテーションで(※家庭料理はそれでいいんです、あれこれ作る必要なし。もっと楽にやりましょう)、お友達から蕎麦を食べた話を聞いても味の想像はつかないながらも「ふーん、そうなんだー」という程度の感想を持っていたかと思います。とはいいつつも、本当は心の奥底では憧れていたのです。「年越し蕎麦ってどんなもの?」ってね。おまけに「一杯の掛け蕎麦」なる寓話も流行ってましたしね麵と言えばいつもインスタントラーメンばかりで、他には夏の素麺くらい。中学生の時から大晦日の夜には”年越しうどん”がようやく導入されましたが、蕎麦の麺だけは冷蔵庫の中にも一切見かけませんでした。そもそも誰も蕎麦を要求すらしませんでしたが、知恵がついてきた中学生くらいの私にはちょっと不満でもありました。しかし自分で作って食べるという甲斐性もなく…そんな私が初めて蕎麦を食べたのが19歳の時だったでしょうか。当時、学生をしながらアルバイトで近所のスーパーに勤めていたんです。近隣では一番大きな規模のスーパーだったかと思いますが、最低賃金が600円台だった時代で破格の900円台だったということと、そして家から近いという極めて楽しくない理由で選んだ職場でした。案の定、仕事自体はあまり好きではなかったのですが、唯一、お気に入りだったのが社食でした。出来立ての料理が食べられることがありがたくて、ありがたくて朝のうちに社食の希望を出しておくと、ランチ時間に仕事から休憩室に上がってくると提供してくれるシステムです。(もちろんお給料から代金は引かれます)今頃のような寒い時期だったでしょうか。ある時、本日のランチが「温かいお蕎麦」でした。食べたことがないので蕎麦の味は想像できないけれど、なんだか美味しそう出てきたお蕎麦の上には揚げたての野菜のかき揚げが乗っています。熱々の湯気が立つところに、ほかの人がやるように七味唐辛子を振りかけて食べてみました ネギの風味も絶妙です。食べきった感想は「え~?!蕎麦ってこんなにおいしいの?」という感動が早速、蕎麦がいかに美味しいのか母に教えようと力説したところ、悲しいことに、家で蕎麦が全く家で出てこなかった理由が判明します。母は東北の出身。ソバの実は寒い地方で育つため、美味しい蕎麦がたくさん食べられる地域で育ちましたが、蕎麦の食べ過ぎでアレルギーが発症するようになったために食べなくなったということでした。だから蕎麦が美味しいことはもちろん知っているとのこと。そういう理由だったのね、かわいそうな母よ…。それなら蕎麦を出さない理由をもっと前に知りたかったなぁというのが正直なところ。子どもだってちゃんと言ってもらえれば理解するのに…でも美味しく食べていたのにアレルギーで食べられなくなるって悲しいですね。不満ばかり思っていた私もちょっとは反省するしかありませんでした。アレルギーを気にせず美味しく食事ができることがどれほどありがたいことなのか、そこに気づいたエピソードでありました。