わしはなあ、無神論者で、神様に祈るなんてことはなかった。
半分は戦後教育のせいじゃな。
戦後の教育は宗教教育を禁止し、いっさい教えてこんかった。
事実や理論ばかりを学習し、心の大切さは学んでこんかった。
無神論者になるのも無理はなかろうて。
じゃがな、年をとったせいか、あるいは、
仕事から解放されたせいか、
なにか物足りなくなった。
どうも、わしは、自分のことばかり考えて、
祈るということを完全に忘れていたようじゃ。
今まで、何かが足りない、何かを忘れとると
感じることはあったが、それが何か分からんかった。
仕事が忙しかったし、家庭もあったし、
娯楽もたくさんあったからな。
だが最近、自分に何が足りないか分かってきた。
祈るということじゃ。
祈るって、どういうことじゃ?
それは、自分が閉じ込められていた狭いオリから
解放されることじゃ。
生まれたときみたいに、自由に気楽になることじゃ。
神様、というか、自分よりも大きく高いものに心を開き、
それにすべてをゆだねる。
それはけっこう楽かもしれぬ。
さて、忘れていた祈りの心、取り戻すにはどうしよう。
山のてっぺんに登って、空を見上げてみようか、
それとも、死んでしまった両親を思い出し、
語り掛けてみようか。
じゃが、もう心がカチカチに固くなってしまって、
できるかどうか分からぬがな。