友達というのは大事です。
自分をぶつけ合うことが出来る間柄。
馴れ合いではなく じゃれ合える間柄。
社会的な利害関係が無ければ、
その人の個性と触れたいか否かで、会うかどうかを左右できる。
この人が時間にルーズでも、まあいいかと許せる。
あの人の金銭感覚は自分と違ってても、それはそれでいい。
互いに自分の負の面も含め
ぶつけ合うことが出来る間柄と自分は定義してるので
たくさんの友達は自分には不要です。
自分を晒すのはエネルギーを遣います。
晒してもらった相手を受け止めるのもエネルギーが必要です。
でも、
エネルギーを遣ってでも己が繋がりたい相手を
友達と感じてます。
なので、晒す程度の違いはあれ、相手は数人でいいかも。
ただし、たくさん友人が欲しい人が居てもいいと思います。
考え方は人それぞれで違っているでしょう。
なかなか会えなくなっても、
久しぶりに声を聞くだけで
つるんでいた当時の自分に意識が戻りながらも
現状の立場でお互いに交流できるのは、嬉しい。
当時の記憶と現在が混在しているのは楽しい時間。
思い出だけに囚われることなく、
当時の自分が今の己に問いかけて来る時間でもありますね。
楽しいだけじゃなく苦い想いも感じるけど、
今の己は当時の自分を受け止められるか?
記憶を甦らせるのは人に限った訳ではなく、
匂い、目で見た町の風景、当時の音楽もありますね。
これも、人によって感覚や経験が違うように
十人十色でしょうなあ。
己に寂しさや虚しさを感じることがある時は、
エアロスミスの『what it takes』
ユニコーンの『素晴らしい日々』や『雪の降る町』
イエローモンキーの『JAM 』などを聴いてしまいます。
寂しさ虚しさに浸るだけでなく、その後には立ち直る前提です。
浸りながらも、己を奮い立たせる曲達です。
最近
マッキー単独バージョンの『チキンライス』が加わりました。
各々の曲を聴くと、ふと思う相手の方々ですね。
