


同窓会ってありますよね。
高校とかが多いのかな、新聞の読者投稿欄とかを見ると、
小学校や中学校もあるので、人によるのでしょう。
学生時代に同じ学校、教室、部活動で
多感な時期を共に過ごした者との久しぶりの出会い。
幼馴染との付き合いが続いてる人は別ですが
私自身は、ほとんど無い状況です。
この子こんな風に変わったんだとか、逆に変わってなかったり。
当時からすると、意外な一面があったり。親交があった子ほど
今のギャップが面白い。
勿論ね、いいことばかりじゃない。
当時の気安さだけならいいが、ネガティブな上下関係まで蘇り、
気軽にマウントをとってくる者も居るからね。
会社での自分の実績、子供の進学状況とか。
あーめんどくせー。ぽいっとな。
で、唐突なのですが
私の父の同窓会の話です。20年以上前のこと。
定年を全うした医者の同級生、仮にT君とします。
そのT君の退職を口実に10人ぐらい集まった。
私が小さい頃に体調が悪くなった時に、親の同級生に医者が居たら
なんとも心強いものですね。診てもらった記憶がうっすら残ってる。
T君は最終的に院長を務めた。お偉いさんだ。
でも、
病院では、T先生、T院長って呼ばれるのが
正直面倒だったらしい。
だから、同窓会での、ただのTくん扱いが
すっごく嬉しかったって言ってたと父から聞かされた。
聞いた当初は、若かった20代の私。ふ~ん、だった。
今、自分がアラフィフとなり、働ける残り年数を数える意識になると
お偉いさんは お偉いさんで、孤独を感じるのだと思う。
年数を重ねてくると、頭ごなしに怒られることは激減する。
怒られるヘマが減ってきてるのか、怒る価値も持たれてないのかは別として。
ただの従業員ですらそうなんだから、
肩書が大きくなったら、プレッシャーも比例する。
怒るだけの立場は、凄く孤独なのだろう。
自分も怒られて、ある意味楽になりたい欲求ってあるみたいだね。
また、弄られる頻度も激減するから、
弄られて嬉しい気持ちもあるようです。
社内でそんな気持ちを出せるかどうかの葛藤、
どこかであるんじゃなかろうか?
最近は、まあ集まりにくい御時勢だが、
自分が定年を迎えたころに、
面倒だったけど、また同窓会に行ってみようかと思った。
もう、肩書が無かったらマウントないでしょ?
あ、でも
もしかしたら
今度は持病の自慢大会の可能性が…
盆休みです。
今日か明日までの方々が多いのでしょうなあ。
自分は13日スタートなので、もうちょっと後まで休みま~す。
昨日は墓参りに行きました。
自分が生まれたのは御先祖様が居たおかげと
思ってますから。
小さい頃から思ってた訳じゃなくて、
キッカケは、両親。
両親は、北海道へ旅行したことがあります。
道中、ハイドロプレーニング現象でコントロール不能になったが
空き地で止まることが出来たことがあったらしい。
親が云うには
行く前に、月命日の墓参りに向かった。
御先祖様が守ってくれた。
当時は、
ふーん、ホントかどうか証明出来ないから怪しいが
とりあえず頷いておきました。
その後、自分が震災にあった時に
震度7の地域に居たが、全く無事だった時
もしかしたら~と親の言葉が蘇ったんですな。
自分が無事だったのは、
小さい頃から墓参りに付いて行ってたから守ってくれた?
そりゃ、守ったのが御先祖さんとは限らないけど
ひとまずは、何かに感謝の意を表さなきゃって感じて、
実家で生活するようになってからは墓参りの時期は、
墓前で近況報告を念じてました。
墓には先祖は居ない説もあるだろうけど
己が感謝の意を示すことに意義があると思ってます。
まあ、私の休みの都合上
盆の入りになってからの遅刻については
ご勘弁願いたいっすね。
あと
その後も1回
親を守ってくれたような出来事があった。
仏の顔も3度までってことで、
受付終了です♪
長らくの御愛用有難うございました
いや~そんなこと仰らずに
是非とも今後も御贔屓に!
いわゆる鳥肌のこと。
ブログ主は、自分の意志で出すことが出来る。
元々は、集中力を高める意図で始めたものが
前世療法・潜在療法の
初セッションにて出てきてしまい、
以後は潜在意識へ繋がるスイッチみたいなモノと捉えている。
そのセッション投稿の際は、ブログ主の能力的に
前世療法と、鳥肌スイッチの両方をまとめきれず
ゾワゾワ感を記事に盛り込むことは見送られた。
しかしながら、当ブログで【魂】は療法絡みの記号なので
ゾワゾワ感の単語の出現頻度があると感じ
都度の説明は面倒というブログ主の意向から
語録として投稿されるに至る。
初出は
ただし
上記投稿を書かせる氣づきとなった事柄は