読んでよかった。
うっかりネタバレに遭遇する前に読めて本当によかった。
気になる人、迷っている人は、すぐさま手に取ったほうがいい。
プロローグから第一部冒頭をめくってみたほうがいい。
そのまま読み進まざるをえない。
他のことが手につかない、濃密な時間を過ごす幸せが得られるだろう。
以下は余談なので、適当にどうぞ。
アレックス・マイクリーディーズ。
著者の名前であるが、見慣れない変わった名字である。
キプロス生まれなのだそうだ。
Michaelides ミカエリデスと読むと、なるほどギリシャにある名前に見えてくる。
ピタゴラス、アルキメデス、ミカエリデス。
「西洋の文物に触れる時は、聖書の知識はあったほうがよい」とよく言われる。
その通りだと思う。どこかしらなにかしら聖書由来のモチーフが使われているからだ。
ところがこれにはそれがない。
代わりに顕れるのは、アフロディーテ、オリンポスの神々、そして〈アルケスティス〉。
ギリシャ神話、ギリシャ悲劇に登場する名前ばかりだ。
『ギリシャ人はみんな、ギリシャ悲劇を知っている。悲劇はわれわれの神話、歴史――血なんだ』(188頁)
そう言った人物もギリシャ人。ダイオミーディーズという名だが、これもDiomedesディオメデスというとわかりやすい。ギリシャ神話に登場する英雄と同じ名だ。
これを英語読みするとダイオミーディース。この名の人物がシェイクスピアの悲劇二つに登場している。
『イギリス人全員がシェイクスピア作品を熟知してると考えるのとおなじだろう』(188頁)
ダイオミーディーズが、シェイクスピアの名を挙げるのは、ちょっとしたくすぐりだろう。
「英国のものを楽しむならば、加えてシェイクスピアを知っておいたほうがよい」と言われるが、たしかにそうである。
登場人物の多くが濃いキャラをしている。
思考や感情が大層で、まるで現代ギリシャ悲劇のようだ。
けれども、この『サイコセラピスト』のテーマは謎と恐怖、ミステリとサスペンスである。
そんなこんなウンチクを知らなくても、ありあまるほどに読みごたえがある。
ミステリーを読む際に、犯人あてや、動機あてを主眼に置いて読む人がいる。間違いなく楽しい読み方である。
しかし、いっぽう私なぞは、そんな頭を使うゆとりもなく、
「わー!」「きゃー!」「ひえー!」「なぜー!」
と、すっかり物語に振り回されっぱなしに読む口だ。
『サイコセラピスト』は、実に振り回され甲斐のある話だった。
これがデビュー作とは恐ろしい。
作者の次の作品もその次の作品も、
さらには映画化されるこの作品も、日本に届けられるよう、
そのどれもに私が存分に振り回されるよう、楽しみに願っている。
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