母は思いっきり力を込めて

出刃包丁で切りつけてきた

 

痛いなんてもんじゃなく

叫び声も出ず

文字通り…息が止まった

 

痛くて痛くてうずくまるしかなく…

出てくる声はうめき声しかなく

自分の声とは分からないくらい

恐ろしい声だった

 

切りつけてきた母は

力いっぱい包丁を振り下ろしていたようで

「ふぅー。ふぅー。」と肩で息をしていた。

 

うずくまって動かない私を見下ろしていたが

しばらくして、何事もなかったかのように

台所に向かっていった

 

あまりの痛さに呻きながら

ああ、今日はおかずを作る日なんだな...と思いながら

そこで意識が途切れた

 

夕方、姉が帰ってきて

うずくまっている私を見つけ「こんなところでどうしたん?」と

背中に手を置いた。

 

あまりの痛さに「ギャー」と叫び声を上げたが

それよりも生きていることに驚いた。

 

包丁は峰打ちだった。

でも、何度も思いっきり叩かれていて

 

※時代劇の水戸黄門でも、助さん格さんに峰打ちされた侍や浪人たちが

動けないでいるのをご想像ください

 

母からの殺意と、敗北感で姉には何も言えず…。

その夜はご飯も食べずベッドに潜り込んだ。

 

「お風呂は?」と姉に聞かれたとき

私が返事する前に「具合が悪そうだから今日は入らないでしょ」と母が先回りして言った

姉と一緒にお風呂に入るので、私の背中の傷を見せたくなかったのだろう

 

母は姉には絶対に手を上げないし

声を荒げることもない

大事な大事な可愛い娘だったから

ショックを受けるだろうと思ったのかもしれない

 

私がどんな状態なのか母は分かっている

でも、決して介抱してくれないということも

分かっていた

 

いつもの殴られ方とは訳が違い、

そもそも横になることができないので

結局うずくまるしかできず…

息をするのも苦しくて一睡もできなかった

 

真夜中に、母の三面鏡で背中を見ると

赤紫の傷が背中にたくさんついていて

背中全体が腫れていて

すでに熱も出ていた

 

母は私を殺したかったに違いない

そして、刃物を向け切りつけたことに関しても

微塵も後悔していないし

罪悪感すら抱いていない

 

思いとどまって峰打ちにしたのは

切った後は家が血の海になること、

そして死体の後始末を考えて

とっさに面倒になったからだろう。

 

面倒なことは私に押し付ける人だから

もし、私が死んでその後始末をしてくれる存在があったなら

 

間違いなくあの時、私は死んでいただろう

 

当時でも生まれたばかりの子供に

手をかけて殺す母親がニュースで取り沙汰されることはあったが


そんなニュースを見ながら

「なんて親だ!子供は大事に愛され育てられるべきだ!」という母の顔をみて、

あんたがそれ言うの?と、強く思った

 

だったら、

この人は私の本当の母親じゃないんだろう


私の本当の母親はどこかにいるんだろう

いつか大人になったら探しに行こう

それまでは負けないで生き抜こう

 

私がこの家から出ていくことは

この人の喜びだろう

だったら、ギリギリまでこの家にいてやる


家出なんて…この人を喜ばせるなんて嫌だ

簡単に出ていくものか!

 

ただ、その日から

私は家で笑わなくなった。

無表情になり、

最低限の会話しか交わさなくなった

 

家は地獄

家族は敵

 

外が暗くなるぎりぎりまで外にいることにして

動物に癒しを求め

捨て猫や捨て犬を拾ってきては

「元居た場所に捨ててこい」と言われたが

その動物たちと一緒にいることで

かなり私の心は癒された

 

それからしばらくして

おかっぱ頭でモンペ姿の小さな女の子が

一緒に付いてくるようになった

 

他の人にはその女の子は見えないようで

夜中に一緒に遊ぼうと

のしかかってこられたり

足を引っ張られたり

毎晩金縛りにあうようになった

 

私の様子がおかしい


ここにきて、

やっと家族の中で共通認識になったが

母は記憶の改ざんがお得意なので、

自分のしたことはすっかり忘れていて

もし、たとえ覚えていても自分に不都合なことは絶対に言わないので

 

どうしたんだろうね?

お父さんもお姉ちゃんもね、

みんな心配してるんよ?

と、肝心の母から言われたが

 

返事をすることも出来ずにいると

ある日、猫を連れてきた。

 

そのシャム猫との出会いが

私の暗黒時代の唯一の光だった

 

 

 

 

この猫の話はまた別にします