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癌さんありがとう。きょうこの「いただきます」ブログ

富士山の麓で暮らす血縁を超えた大家族、木の花ファミリー。互いに助け合い、生かしあう、愛がいっぱいのコミュニティ。
そんな中で、癌をいただきながら、日々の想いを発信していきます。

前回のブログで紹介させてもらった、木の花劇団の劇「いただきます物語」には、八百万(やおよろず)の神様たちが登場します。

カタカムナでいうと、この世界は「ある」世界と「ない」世界からなっており、ある世界のことを「現象界」、ない世界のことを「潜象界」といいます。

ある世界(=現象界)には「見える」世界と「見えない」世界があります。

その現象界の見えない世界にいるのが、八百万の神様たちなのです。

 

劇の中では、疫病神、死神、祟り神、嫌われ神の4人の神様たちが登場します。

人間味あふれるユーモラスな神様たちで、劇の中では人間たちが学ぶことによって、一緒に学び、だんだんと心が変化していきます。

 

シナリオを書いていて、当時のことをいろいろと思い出すのですが、そこに本当に居合わせたかのように神様たちの言葉が浮かんでくるのです。きっと病室の上の方でじっと私たちを観ていたのでしょう。

 

世の中には病気や災い事が沢山ありますが、それは全部、人間たちが気付くために、神様たちが振りまいてくれたものなのだと、改めて思うのです。

 

今回から劇のシナリオを何回かにわたって紹介させてもらおうと思います。

まず最初は「序章・病院に棲む神様たち」です。

 

舞台を想像しながら読んでみてください。あえて、スクリーンに映す文字や照明の指示もそのまま記載してあります。

 

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「いただきます」物語  (スクリーン)              

 

(暗転)

木の花楽団の「花よ天まで」の前奏部分(録音)を流す(フェイドアウト)

 

スクリーン <序章>病院に棲む神さまたち 

 

ナレーション:

木の花ファミリーのメンバーのきょうこちゃんは、1年半前に子宮頸癌だと分かり、その後

癌が進行し、大量出血のため、急遽入院することになりました。何度も生死の境を彷徨う中、こんな物語がありました。

 

ここは、病院の廊下。なんだか、怪しい影がやってきます。

 

(スポットライト ON)

 

疫病神が入ってくる。

 

疫病神:わしが誰だか分かるかね?(客席に問いかける)

 

わしは、疫病神じゃ。疫病神じゃからな。病人がいっぱいの病院が大~好きなんじゃよ。

毎日遊びに来ていたんじゃがの、あんまりに楽しいもんで、棲み付いてしまったというわけじゃ。

おっ、あそこにおるのは祟り神さんじゃのう。お~い、祟り神さん。

 

祟り神が入ってくる。

 

祟り神:まあ、疫病神はん。ここに来る前は、病気で死にそうな顔してたのに、最近いやに忙しそうにしてるじゃないか。ところでどうだい、商い(あきない)の方は?

 

疫病神:毎日毎日たくさんの病人さんが来てな。お蔭さんで商売繁盛じゃよ。飽きないねえ。(チ~ン)

 

祟り神:それは、よろしおすなあ。わても楽しくてしょうがないわ。

 

ホホホ・・・(客席を見て)ほ~ら、あそこにも・・・・ほ~ら、あそこにも・・・。

恨みや憎しみのあまり病気になったのに、未だに人のせいにしているのがいっぱいいるわ。ホーッホッホッホ。

 

嫌われ神:(登場しながら)わたしも入れてや。いくら嫌われ神だからって、仲間外れにせんとい

てよね。

(客席を見て)おお、いるいる。「あの人ちょっと苦手なのよね」・・・とか、「あいつ、気に入らんから、ちょっといじめてやろか」って思ってるのが・・・。

おお、あっちには、被害妄想で「私きっと、みんなに嫌われてるにちがいないわ」なんて思ってる・・・いっぱいいるのう。ひ~っひっひ。

ここは、ほんまにええとこじゃのう。

 

疫病神:・・・そういう奴らが、病気になって、病院にやって来るんじゃ。

(客席に向かって、手招きをする)嬉しいのう。

 

そこへ、死神が登場。(迫力ある感じで)

 

死神:そして、病気になった奴らを、最後はこの死神様が迎えに行くのさ。

 

疫病神:ところで死神さん。そろそろお迎えが必要な奴が来たんじゃよ。案内しましょうかのう。

 

死神:そうか・・・。行くぞ!

 

(暗転)

 

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と、こんな感じで八百万の神様たちが登場します。

次の第1章では、いよいよ死にそうなきょうこを目の前にして、「死」とは何なのか?

「死生観」についての章です。

 

次回をお楽しみに!

木の花ファミリーでは、今「1カ月間の真学校」が行われていて、残すところあと3日となりました。毎年その真学校のプログラムの一つとして、演劇が行われます。

 

木の花ファミリーには「木の花劇団」というものがあり、普段は畑チームだったり、オフィスやキッチン、建築チームなどで活動しているメンバーが、この真学校の時期になると劇団として集まって劇を演じるのです。

劇というものを通して、心の在り方を、観てくれるお客様と一緒に深めていけるような、そんな劇を目指して活動しています。

 

今年は、私が昨年ガンのため入院していた時のいろいろな物語を劇にしてみました。

タイトルは「いただきます物語」。

入院中、生死の境を彷徨う中、たくさんの学びがありました。

その物語は、この木の花ファミリーのみんなと共にあったからこそ生まれたものなのです。

 

この1カ月の間、頭の中は劇のことばかりの毎日でした。

まずは、シナリオを書くことから。

たくさんある出来事の中から何を取り上げるか、それを会話で表現するにはどう表現するか・・・など当時のことを思い出しながら、ある時は早朝にはっと目が覚めて、シナリオが思い浮かんだり、人と会話をしていても「あっ、これ取り入れよう」など、とにかくいつもいつもそのことが頭のどこかにある状態でした。

 

シナリオが出来上がると、今度は役者になった人たちが演じていくことで、劇がだんだんと生きたものになっていくのです。みんなそれぞれの部署で日中は仕事をしながらも練習を重ね、ついに昨日3月15日に本番を迎えることができました。

 

劇は近々ユーチューブで見ることが出来るようにしますので、そちらの方もご覧ください。

アマチュアの集まりの劇団ではあり、まだまだ足りないところだらけなのですが、みんなこの生き方の大切を伝えたいという熱い思いのもとに演じています。

 

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ところで、このブログを読んで下さっている皆さんに報告があります。

一昨日3月14日、がんセンターに検査の結果を聞きに行きました。

CT検査、MRI検査、細胞検査などの結果、

癌が、あるかないかが分からない位になっているということでした。

 

私は子宮頸癌で、一番ひどいときは直径6.5センチほどの大きな癌の塊が子宮の入り口にあり、リンパや腎臓にまで浸食していました。約1年くらい前から断続的に大量出血があり、昨年10月の大量出血では命が危ない状態になり、急遽入院することになりました。

 

病院で放射線治療を受けた時に言われたことは、

ここでの治療は血を止めるための応急処置でしかないから、早くて3カ月、長くても6カ月後にはまた同じような状況になるだろう、ということでした。

私も、生き延びることが出来たとはいえ、余命3カ月から6カ月だと覚悟はしていました。

 

でも、今信じられないような結果をいただいています。あり得ないことが起きたのです。

 

科学や医学では説明できない何かが起こったと思うのです。

それは、この木の花ファミリーという場があったからこそ、起きたことだと思います。

みんなの愛と想いの力で奇跡が起きた。

 

だから、この物語は、きょうこ物語であると同時に、木の花ファミリーの物語なのです。

 

こうしてみんなで集って暮らすことの素晴らしさが、この生き方の素晴らしさが、

この私の体に起きた現象をもって証明されたのです。

すごい!!これは本当にすごいことだと思います。

 

 

入院中、この劇には盛り込み切れない、まだ沢山の物語がありました。

劇のシナリオを書いていく中で、上演するには長すぎるので、たくさんの場面がカットされました。

 

そして、シナリオは一体何度書き直したかというくらい、読み合わせをするたびに、何度も何度も書き換えらえました。シナリオが出来上がり、今度は役者が演じるようになると、演じる度にまた何度も何度もシナリオが書き換えられました。

だからこれは、みんなで創り上げた劇。

そして、これは実際にあった実話に基づいていますから、木の花ファミリーのみんなによって創り上げられた劇なのです。

 

劇を練習していく中で、ある時魂が入る瞬間があります。

役者がセリフを覚えていなかったり、覚えたとしても覚えたものをただ言っているだけだと、観ている者に訴えるものがないのです。

セリフが自分のものになった時、そこにはアドリブが生まれ、セリフ通りではなくても観ている者に伝わり感動を生むのです。

 

私たちも同じだなと思いました。

私たちひとりひとりは、ある意味この世界の、というかこの宇宙劇場、神様劇場の役者で、神様が創ったシナリオのように人生をいただいている。

そのシナリオの意図を自分のものとし、自分のセリフとして演じることが、私たちに与えられた役割なんだと。

 

 

癌が見えない位に小さくなっていたことは、すごいことかも知れない。

でも、諸手を挙げてすごい、ということでもないのです。

だって、本当は癌というものをもらわなくても、こんな究極の状態をもらわなくても、

人は学べる。

だから、周りのみんなが私を見て、こんなになってはいけないんだと、学んでくれたらいいと思っています。

 

体が元気になって、また癖が出てきます。

まだまだ癖だらけの私ですが、生きている限り、心の学びは続いて行くのです。

 

こうして木の花ファミリーのみんなと出会えたことに、

この生き方に出会えたことに感謝するとともに、

この稀な生き方をしていることを誇りに思います。

 

本当に面白い人生をいただいている。

有難い人生をいただいていると思うのです。

 

これは私です。こんなに元気になりました!3月9日今年初めての夏野菜の種まき。ナス、ピーマン、トマトの種を蒔きました。こうして徐々に元の仕事にも復帰しつつあります!

 

※この「1ヶ月間の真学校」での学びは「1ヶ月間の真学校@木の花ファミリー」にてご覧になれますので、是非ご覧ください!

昨日、小学5年生の喜代美と小学2年生のれいじろうが、宿題をするために私の部屋にやってきました。5年生の喜代美が、最近のニュースを調べる宿題があるというのです。

 

早速パソコンでニュースのページを開き、アメリカがイラン人の難民を、ビザを持っているにもかかわらず入国を拒否し、身柄を拘束したことに対し、それに反対するデモが起きているというニュースを皆で読みました。

 

それを読んで、こんな会話ありました。

 

* * * * * * 

 

きよ(喜代美):だからトランプさんはいやなんだ。

 

れい(れいじろう):そうだよ。クリントンの方がよかった。

 

私:れいじろうはクリントンさんのこと知っているんだ。

 

れい:うん。ニュースを見ているから知っているよ。

 

私:ねえ、いさどんが大統領だったらよかったかもね。

 

れい:う~ん、でもアメリカ語がしゃべれないから、ようこちゃんがいいかな。

    ・・・でもやっぱり、大統領なんか本当はいらないよね。

 

私:そうだね。

 

きよ:ねえ、ビザってなあに?

 

私:その国に入るときに必要な証明書のようなものだね。外国に行くときは、パスパートとかビザがないとその国に入れない決まりになっているんだよ。

 

れい:今度アメリカから来る人たちも、それが要るの?

 

私:そうだね。

 

れい:木の花ファミリーに来るのに、そんなものは要らないのにね。

    なんでそんなものが要るのかな?へんなの。

 

私:変だね。

 

きよ:ねえねえ、難民ってなに?

 

私:その国で戦争があったり、いろいろな理由でその国にいられなくなってしまった人たちのこと。自分の国にいられないから、他の国に逃げてきた人たちのことを言うんだよ。

 

きよ:ふ~ん、それなのに入って来てはダメだっていうんだ。かわいそうだね。

 

* * * * * *

 

子供たちの、何の駆け引きもないところから見ると、

この世界は、要らない仕組みや決まり事ばかりなのだと感じさせてくれる時間でした。

 

次の時代を創っていく子供たち。

私たち大人の多くは、既成の価値観に染まってしまっていて、世の中そういうものだ、と思ってしまいがちだけれど、この子供たちのように、損得勘定のないフリーなところで、もっとシンプルに考えたら、今ある様々な問題事はもっと違う結果になるかも知れないと思うのです。

 

自分の囚われや固定概念をとっていくことが、新しい世界を創っていくことになる。

子供たちと話していて、そんなことを改めて思いました。

 

 

トランプ氏がアメリカの大統領になったことで、今世界が揺れ動いています。

そんな世界を読み解く「いさどんブログ」ー『アメリカのトランプ新大統領の就任にあたって』『続・トランプ新大統領の就任にあたって~トランプ氏もオバマ氏もヒトラーも地球人』も併せてお読みください。

また、2月19日から始まる「1カ月の真学校」では、この混沌とした世界をどう読み解き、どう生きていったらいいのか、きっと新しい視点が得られることでしょう。皆様の参加をお待ちしています!