退路を断つ | 兄貴・丸尾孝俊さんとの出会い

退路を断つ

 

「故郷は大事やな」

 

「疲れた羽を休めに、戻る場所でもありますね」

 

「親に顔を見せに行きがてらやったり、ご先祖様の墓参りなら、何回行ってもええんやが」

 

「みんなで遊びに行くとかね」

 

「だが、一人でいつも行く場所いうんが問題や」

 

「どういう意味でしょう?」

 

「癒しが甘えになってしまうがな」

 

「ほっとできる場所を作っておくのは大事ですよ」

 

「逃げに帰る場所だったらどないや。つらいたびに、そこに逃げ込んで、閉じこもって。少しラクになったら現実に戻り、また疲れたらそこに逃げ込む」

 

「逃げととるか、休息ととるかだけの違いでは?兄貴がいつもおっしゃるように、深く考えなくていいんじゃないですか?」

 

「いや、違う」

 

「どう違うんですか?」

 

「駆けこみ寺いうんは最後の手段やろ?何回も駆け込むいうんはただの逃げや。逃げを繰り返すとそこで止まってまう」

「いつまでもそこにいたら、成長しないってことですね」

 

「子供になら、大人がもうここにはきちゃいけないよって言ってくれるが。あ、俺らの世代はな」

 

「そうですね。もう大きくなったんだから、あなたに合った場所であそびなさいって言われましたね。きてくれるのはありがたいけど、私よりもお友達のところで遊びなさいって」

 

「言われたんか?」

 

「はい。近所のおばあちゃんに。そのおうちに行くと、帰る時にいつもお菓子をくれたので」

 

「ばあちゃんは、ほんとはずっと来てほしかったはずや。あなたが入り浸らなければ、それを言わすこともなかったに」

 

「そうですね。でも子供だから、加減とかわからないじゃないですか。当時は、学校の帰りに家に帰らず、おばあちゃんちのお庭に直行していました」

 

「おばあちゃんは嬉しかったやろな」

 

「おばあちゃんにきちゃだめって言われても、行くじゃないですか。そしたら、おばあちゃん、縁側に出ててくれなくなって。それでも行って、おばあちゃんあそぼ、お話しよって窓の外から声かけるんですけど、カーテンは閉まったままで、おばあちゃん出てきてくれないんですよ」

 

「ええ人だったんやな」

 

「今思うとせつなくなるんですが、そうなると自然と足が遠のいていきますよね。そのうち、友達と遊ぶほうが楽しくなって、ぱたっと行かなくなってしまったんです」

 

「おばあちゃんはどうなったんや」

 

「それからしばらくして入院してしまって。そのまま病院で亡くなったと、ご近所伝いに母がきいてきました」

 

「ばあちゃんに家族は?」

 

「おじいちゃんは早くに亡くなって、息子さん夫婦はお勤めに出ていたし、ご夫妻にお子さんはいませんでした。おばあちゃんはいつも一人でお留守番。縁側に座って、広いお庭を眺めてましたね」

 

「昔は垣根いうんがあるだけで、家を塀で囲んでおらんかったから、人のうちの庭にも自由に入れたしな」

 

「はい。お庭に普通に入って行って声かけて、そのままそこで話し込んだり。子供に限らず大人も。お茶飲んでかない?みたいなノリで座り込んでおしゃべりしてましたよね。ご近所同士、仲良かった。昭和はそういう時代でした」

 

「葬式には行ったん?」

 

「子供は行かなくてもいいって言われたんですけど、お別れしたくて、母に連れて行ってもらいました。当時はお葬式は今みたいにセレモニーホールではなく、家で出してましたから」

 

「せやったなあ」

 

「もうここにきてはいけないよって言われたその笑顔が、最期になるなんて思ってもいませんでした」

 

「ばあちゃん、どんな思いであなたに言うたんか。あなたが外から呼んでた時も、カーテン越しにおったのかもしれんな」

 

「いましたね。いるのわかってたから、声かけてた」

 

「ええ人やったんやなあ」

 

「人が死ぬとかって考えないじゃないですか、子供は。おばあちゃんはそこに行けば、いつもいるものだと思ってました」

 

「ぱたっと行かなくなったんは、ばあちゃんに言われたからでなく、いつでも会えるから、別にあえて会いにいかなくてもいいって思ってしまったんやな」

 

「そうですね。いつでも会える保証なんて、同じ屋根の下で暮らす以外はあり得ないのに。子供はそんなこと考えませんから。年寄りは近いうちに死んでく人たちだなんて、わかってませんし。その人の死をもって、死という言葉を、意味を初めて知るんですよね」

 

「ばあちゃんからもう菓子もらえないのが残念だ、くらいにしか思っとらんかったんやろ」

 

「そうですね。お友達と一緒に行くようにすれば、おばあちゃんも淋しくないし、お菓子ももらえて一石二鳥だったのに。そこまで頭まわらなかったんですよね。もうくるななんて、おばあちゃん冷たいな、くらいにしか思わなかった」

 

「何回も逃げ込むようになったら、要注意や。その場所にはもう行かんことや。新しい世界へ踏み出す時がきたんや。どんなに去りがたくても行ってはいけないんや」

 

もう子供ではないのだから、誰に言われなくても、

自分で気づいて行動しなくてはいけない。

 

居心地がいい場所は長居をしたくなるが、

引き延ばさず、サッと立ち上がる勇気も必要だ。

 

もう少しこのままでいたい。

そんな場所は誰しも去りがたい。

 

このままを失いたくないからこそ、ほどほどに留めよう。

同じ思いでいる相手に、つらいひと言を言わせないために。

 

つらくても、成長の歩みを止めてはならない。

どうしてもできないなら、もうそこには行かないことだ。

自分の持ち物なら処分することも必要だろう。

 

甘えと癒しの違いをしっかりと心に留め置く。

強風に耐える自分を癒すことも大事だが、

時には厳しさをもって自分に向かおう。