兄貴・丸尾孝俊さんとの出会い

   


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兄貴の教え

 

「兄貴コミュニティの皆さんと歓談すると、よくきかれることがあります」

 

「へ~。どんなん?」

 

「兄貴の教えをすべて実行されているんですか?って」

 

「俺のこと、長く書いとるさかいな」

 

「教えというより、私が兄貴の真似をしていることで、絶対に守っていることがあります」

 

「へ~。なんや?」

 

「自分がやったことしか言わない。あるいは言ったことは絶対にやる、ですね」

 

「経験、やな」

 

「兄貴の場合はこれに続きがあって、実行してみるだけじゃなく、実行すると決めたことは死ぬまで続ける、つまり今も継続中ということですね」

 

「死ぬまで続けないんか?」

 

「続けるかもしれないし、続けないかもしれない。ていうか、続かないかもしれない。飽きっぽいから」

 

「飽きいう定義が、俺にはない」

 

「私にはあるんですよ。性格でしょうかね」

 

「で、質問には何て答えとるん?」

 

「兄貴の教えで、自分ができそうなこと、納得できることしか実行しないです、とお答えしています」

 

「出会うた時から、今も変わっとらんな」

 

「兄貴と私は性格が違いますから」

 

「正反対や」

 

「私は尊敬する身内に囲まれ、両親に愛されて育ちました。私を育ててくれたのは、その、失礼な言い方ですが、兄貴みたいに他人ではない」

 

「俺には生い立ち上、他人本位が沁みついてるとでも言いたげや」

 

「そういう言い方をするなら、私は身内本位、家族本位が身体に沁みついているといえます。自分本位でも他人本位でもない」

 

「あなたは俺が家族を後回しにすると怒るねんな。親しい友人を後回しにしても怒るねん。以前、あなたを後回しにしたとき、目に涙をためて、俺を責め立てたよってな」

 

「後回しにしていいことと、悪いことがあると思うからです。どんな時も身内なら後回しにしていい、という甘えは私には通用しません」

 

「家族だからこそ、甘させてくれるんとちゃうか?」

 

「兄貴、家族だってね、いろんな家族があるわけです。一種類じゃないですよ」

 

「わかっとるよ。俺には俺の家族像があるだけや」

 

「家族だからこそ、ここは折れてくれ、合わせてくれというのはわかります。ただ、無条件にというのは無理。そういう家族をお望みであれば、私はなれないですね。そこは譲れないです」

 

「育った環境や過去にこだわることはないが、生きてきた過程において、骨の髄まで沁み込んでいるものはあるかもしれん」

 

「ありますね。誰だってそうじゃないでしょうか。それと、兄貴に会ったことがない人によくきかれることがあります」

 

「こんどは何や」

 

「兄貴って、実際どんな人なんですか?って」

 

「そこは、なんて答えとるん?」

 

「私にはこんな人にみえます、私はこんなふうに思ってます、としか答えられないです」

 

「無条件にいい人とか、尊敬してます、とか言うてはくれないんや」

 

「兄貴のことは、いい人だと思ってますよ。大好きですし、尊敬もしてます」

 

「うんうん(突然、上機嫌になる兄貴)」

 

「けど、本当のところ、どんな人なのかわからないですし、わかろうとも思わないというか…」

 

「なんやて!(突然ムキになって怒る兄貴)。俺はあなたの性格を理解してる思うとるし、あなたのこと褒めとるぞ。わかろうとも思わないってなんや。ずいぶん冷たいやないか」

 

「奥が深すぎて理解できないという意味ですよ。単純に褒め言葉です。誤解しないで」

 

「そ、そうなん?(突然おとなしくなる兄貴。わかりやすい性格)」

 

「それと、兄貴は私のこと、よくわかってないと思います。兄貴がみている私と、本当の私はだぶん違うと思いますよ」

 

「え?なぜそんなこと言うねん」

 

「兄貴がみているのは私の一部だけで、私もまた、兄貴の一部しかみていないからです。ていうか、私は兄貴に隠し事はしないけど、性格については全部をみせてるわけじゃない」

 

「そうだったんや…」

 

「はい。兄貴だってそうでしょ?」

 

「あなたはよく俺のことをタヌキいうが、失礼や」

 

「え?人たらしというのは、所詮はタヌキなんじゃ?」

 

「人いうんは奥深い。ミステリーなんや。長く深くつきおうても、こんなところがあったんや、思うことも多いねや」

 

「新しい発見があるということは、進化、成長している証拠ですから、長くおつきあいしていても飽きないですよね」

 

「何回も言うが、俺には飽きの定義はない。あなたにはあるそうやが。ほなら、飽きたら俺は捨てられるんか?」

 

「捨てるというか、離れていくと思います」

 

「こわっ。飽きられないようにせんと」

 

「兄貴は人に合わせてなんて、飽きられないようにする努力なんて、しませんでしょ?」

 

「なんや、その断定は。鑑定士に転向したんか?」

 

「兄貴は他人に対しては、どこまでも合わせそうとなさいますが、家族や身内に対しては、自分のやりたいようにさせてくれることを望みます。実際、そうさせてくれる人しか傍に置かないでしょ」

 

「う・・・」

 

「だから私は兄貴の傍には行かないんですよ。離れていたほうが良い信頼関係が保てると思うからです」

 

「俺はやな、思い通りやのうて、引率が好きなだけや」

 

「同じでしょ。自分本位」

 

「く~、日本とバリやのうて、目の前におったらしばいとるとこや」

 

「フン。しばかれてたまるもんですか」

 

「ほなら、自分のできそうなこと、納得できる俺の教えいうんは何や。ちゅうより、納得できなかった教えいうんは何やねん」

 

「え?兄貴のおっしゃる通りにやってみて、大変な思いをしたことでしょうか?」

 

「そうや」

 

「人を選ぶな、誰でもウェルカム、でしょうか。コレも、ある程度人をみる目ができてきた人ならOKですが、未熟なうちは、騙されて、詐欺師のいいカモにされて終わりですかね」

 

「む~、他にはなにがあるねや」

 

「それなりにありますが」

 

「なにっ、それなりにあるんか?」

 

「代表例としては、人は切るな、去る者追わず、でしょうか」

 

「どこがあかんねや」

 

「兄貴くらいまでいけば、どんなタイプの人にも左右されないと思うんです。振り回されないでしょ、兄貴は。でも、未熟なうちは、巻き込まれて潰されて終わり、でしょうね」

 

「去る者を追うんか?あなたは」

 

「嫌がっている人を追いかけたりはしないですが、絶対に失いたくない人については、カッコつけてサヨナラなんて言えません」

 

「せやな」

 

「自分に悪いところがあれば言ってもらって、まあ、言ってもらえるというのは復活の可能性アリとみて、完全に直しますね」

 

「そこは同感や。つまりや、去られても平気いうんは、自分にとってそれだけの人だった、言いたいんやな」

 

「私はまだそのレベルだってことです。誤解されたまま去られるのは嫌だ、というレベルは脱しましたけどね」

 

「人の深さには際限がないよってな」

 

「私は深さに際限がない人は失いたくない。でもそれって、自分の価値観で選んだ、いわば自分が認めた、自分が尊敬できる人に限られてますよね、まだ」

 

「俺かて、すべての人を尊敬できとるわけやない。すべての人から学べる思うとるだけや」

 

「私は兄貴のおっしゃる逆三角形の人たちからは学べないです。反面教師として捉えるのでせいいっぱいですね」

 

「逆三角形?」

 

「優良→優秀→最高→最上→無上意の逆です。バカ→ボケ→ゴミ→カス→チリ、一番下がコナでしたっけ?」

 

「ああ、それかいな。コナにはそうそう会えんぞ。俺は会うたことがあるから言えるんや」

 

「絶対に会いたくないです」

 

「触らぬ神に祟りなし、のあなたなら大丈夫やろ」

 

「兄貴のおかげで触って祟られましたよ、だいぶ(笑)。ていうか、触って叩かれた、というのが正しいですけど(笑)」

 

「俺と出会って、本当に良かったと思っとるんか?あなたは」

 

「思ってますよ。最低の人にも会いましたが、最高、無上意の人にも出会えました。幸せは確かに人が連れてきてくれるものですが、その逆も然りだと、たっぷり学ばせてもらいました」

 

「誰のどんな教えも、その人のようになりたかったら、まず真似から入るんや。共感できるタイプなら」

 

「真反対のメンターを選んでしまったこと自体が、間違いだったんでしょうかね」

 

「あなたの場合、俺が男性だったからよかったんやろな」

 

「そうですね。私が女性だったから、兄貴に言いたい放題言えるんでしょうね」

 

「伴侶でも、親友でもビジネスパートナーでも、男女の場合は正反対のほうがうまくいく。これからもよろしく頼むで」

 

「兄貴には時々、驚かされます。いい意味でも悪い意味でも。これからも期待を裏切って驚かせてください。楽しみにしてます」

 

私からみた兄貴は、とにかくわかりやすい人。

顔に出るから、悪いこと(誰かを陥れる)はできない。

 

若者に例えたら、恋してるとすぐバレる人。

あなたが好きです!と顔に書いてあるような人。

隠しているつもりでも、ぜんぶわかっちゃうような人。

 

そうはいっても、

兄貴が顔に出るのは嬉しい時や、幸せな時だけ。

つらい時、苦しい時、悲しい時は顔に出ない。

ていうか、絶対に出さない。

意地は張らないけど究極な見栄っ張り、だと思う。

 

以前、兄貴にきいたことがある。

 

「兄貴は愛する女性に告白する時、なんて言うんですか?好きです、愛してます、どっち?」

 

返ってきた答えに笑ってしまった。

 

「昭和男児がそんなこと言えるか!好きだからこそ絶対に言わんねや。言えるわけないやろ!」

 

「どうして言えないのですか?」

 

「そんなむず痒いこと、言えるかいな」

 

「う~ん。黙っていたら伝わらないと思いますけど」

 

「以心伝心いうんがあるやん」

 

「そんなメルヘンチックなこと言ってたら、他の人にとられちゃうかも」

 

「とられる前にデートに誘うねや。ナンパや、ナンパ。それでうまくいったとして、先々でも、そんな甘っちょろい言葉は言わん」

 

「え~、女性は言ってほしいかも」

 

「態度で表せば伝わるねん」

 

「兄貴のいう態度って何ですか?」

 

「え?相手が喜んでくれることや」

 

「宝石とかバッグとかスイートルームとかあげて喜ぶまではいいとして、次をねだってきたり、自慢する女性はタカリか下げマンですよ」

 

「ほなら、安い物で喜ぶ女性なら信用できるいうんか?」

 

「高くても安くても、素直に喜ぶ女性は可愛げがあるかもしれませんが、可愛げにこだわると」

 

「ると?なんや?」

 

「まあ、女性からみた素敵な女性と、男性からみた素敵な女性とでは、定義が違うのかもしれませんけどね」

 

「男のほうだって然りや」

 

「それは身体の関係にも言えますね」

 

「うん?」

 

「どれだけ肌を重ねても、それが愛情表現といえるかは疑問だと思います」

 

「本当に大切な女性には、肉体的なもんより、精神的なもんを求めるねや。そっちの方が大事ちゃうか」

 

「へ~、意外」

 

「なにが意外や」

 

「まあ、両方あれば最高なんでしょうけどね」

 

「まあ、それに越したことはないねんけど」

 

「双方が若くないと無理でしょう。どちらかに傾く。それと…」

 

「なんや、まだあるんか?」

 

「従順、一途、裏切らない、ですが」

 

「おう、それがどうした」

 

「言いにくいことですが、そんな大和撫子的な女性は、この世にいないと思いますよ。女性が言う『白馬の王子様』同様、言葉自体が幻想かと」

 

「昭和にはそういう女性が沢山おったで。近所にもそういうおばちゃん沢山おった」

 

「昭和の時代にも、明治でも大正でも、社会進出も阻まれ、男性社会ですから、そうしないと生きていけなかったからじゃないでしょうか。旦那様が尊敬できる立派な人だったら別ですが」

 

結局、男女の定義に関しては、どこまでも平行線に終わった。

それも当然のことだ。

兄貴には兄貴の定義があり、私には私の定義がある。

 

兄貴も私もお互いに強制しない。
別の視点で己を貫く。
相手の意見に同調はできないが、尊重はできる。
信頼関係はこれからも続いてゆく。
 

 

決意はいらない

 

「ご新居(ビラ・ゴースト)ですが、お宅というより宮殿ですね」

 

「おおきに」

 

「家族だけで暮すなら、あのように巨大な宮殿は必要ないはずですが、やはり多くのゲストをおもてなしするためですか?」

 

「それもある」

 

「今日(こんにち)、ビーチフロントに建ち並ぶビラのオーナーとして、顧客よりも大きな規模のビラを構えるというのが、その理由でしょうか?」

 

「意識しとらんなあ」

 

「ゴーストはこれまでのビラの集大成、ですか?」

 

「それもないな。深い理由はないねん」

 

「えーっ、これだけの大きな建築物を完成させるのに、深い理由がないのですか?」

 

「うん」

 

「私にしたらすごい建築物でも、兄貴にとっては普通の家みたいなもんなんですね」

 

「そうでもないねんけど、いちいち身構えないねん」

 

「私が身構えてると?」

 

「あ、いや。うん、そうかも」

 

「素直なご指摘、ありがとうございます。ワタシは何かを成す時は、すべてに理由がある人なので。理由づけは習慣かも」

 

「俺、すべてに理由ないから」

 

「理由はなくても、決意とか決断はおありでしょ?」

 

「ない。すべては流れだから」

 

「いつもの、成り行きですか」

 

「まあ、そう」

 

「今はそうでも、これまで生きてきた中で、決意しなければできなかったこと、決断が必要だったことだって、おありでしょ?それは何ですか?」

 

「ない」

 

「え?」

 

「大きな決断などはなく、常に安全第一を念頭に進んできたよって」

 

「石橋を叩いて渡るタイプですね」

 

「経営者だったよって、皆の生活背負っとったし。だから、安全第一」

 

「じゃあ、覚悟する、という経験をしたことはありますか?覚悟しなければ…とか、思ったことは?」

 

「ない」

 

「え~!それじゃ、決意と覚悟の違いは何だと思いますか?」

 

「決意も覚悟もしないよって、ようわからん」

 

「大きなドラマ(ストーリー)を期待していたのに~」

 

「そもそも決意や覚悟をしなきゃならん時って、危険な状態ちゃう?」

 

「え?」

 

「一大決心しなきゃ行けん道って、コケたらやばいんちゃうか?」

 

「それは…」

 

「賭けはあかん。ドラマに酔ったらやけどするよって」

 

「人生を博打的に生きてるつもりはないですよ。思いきりのことを言ってるだけです」

 

「思いきりも経営者には必要ない。思い切らなきゃ行けない場所は危険やねん」

 

「個人の場合です」

 

「同じや。必死のパッチで生きとる状態で、酔うてる余裕はないねんな。自分の人生の主役は自分だと思うとるから、そんなことが言えるねん」

 

「え、自分の人生の主役は自分でしょ?」

 

「え、自分の人生の主役は他人でしょ?」

 

「何言ってるんですか。も~、信じられない!」

 

「なんで?」

 

「兄貴は自分のためにやりたいことや、推し進めたいことはないのですか。人のため、人のためって、自分が可愛くないの?自分を可愛がって癒してあげたいとは思わないの?」

 

「癒すとか休むとか、概念的にないよって」

 

「も~、理解に苦しむ。ていうか、理解したくないような」

 

「どうしても決意せねばならんなら、せやな。自らの決意も覚悟も、人の為にありや(キッパリ)」

 

「それじゃ、人のために生きる理由って何ですか?」

 

「う~ん。何って言われても」

 

「以前、人の心に遺ることが素敵!みたいにおっしゃってましたけど」

 

「功績を残したいから、かな」

 

「銅像ですか?カメハメハ大王みたいな像をバリに?て、兄貴はそういうんじゃないですよね」

 

「質問の答や。決意や覚悟は自らのためで無く、人の為を思ってある言葉だと思います!」

 

「それならそうと、最初からそう言ってくれれば。ここまでくるのに理解に苦しみました」

 

「すまん。久しぶりやったから、ちょっとからかってみたかったんや。堪忍」

 

「い~え。こちらこそ、造詣が浅くてスミマセン」

 

メンターとして接するには、尊敬して余りある人だけれど、

家族として接するには、かなりきびしい人かもしれない。

 

常に他人中心だから、自分や家族はいつだって後回し。

兄貴の家族になりたかったら、

後回しありがとう!くらいの人じゃないと務まらないだろう。

 

兄貴の幸せを願っているが、兄貴の定義する幸せもまた、

凡人には理解し難く、かけ離れたものかもしれない。

 

 

 

未熟な自分にありがとう

 

求めなければ気づかない。
求めなければ出会えない。

ビジネス書を読んだり、セミナーに通ったり、
自己投資と称して、稼ぐことや節約よりも、
学ぶことにフォーカスしてしまった時期がある。

手元の資金は増えるどころか、どんどん減っていき、
「おかしい。私のやり方は間違っているのだろうか。
もしかして、この生活を続けていったら破産する?」
と、追い詰められた。

時間もお金も浪費しただけだなんて、
絶対に認めるわけにいかない。
認めたら、これまで打ち込んだ時間は何だったの?
ということになる。

結果は…。
正直、時間もお金も無駄だった、ような気がする。

 

もちろん、自分を導いてくれた書籍や、

セミナーの講師、スタッフの皆さんには感謝しているし、

出会えた多くの仲間からも沢山の学びをもらった。


無駄にしない理由を、現実を作る努力をしたから、
「あの経験が、あの日々があったから今があるんです」
なんて言えるけど、本音としては、傾倒が過ぎた。

「人生に無駄なんて存在しない、すべては糧となる」
その言葉は真実かもしれないが、
未熟な私にとってはまだ、その言葉はきれいごと。

「言い方なんて何でもいいちゃうか。無駄でええやん。自分を縛ることないねんて」

「間違った方向へ行ってるかもしれない。そう思った時、引き返せばよかったと後悔しています」

「過ぎ去った時間は戻ってこないよってな」

「優しいですね、兄貴は。そうや、おまえはアホやった!大馬鹿や!とは言わないのですか?」

「そんな言い方したら、あとが怖いよって」

「真面目に言ってるんですけど」

「あやや、まずった。ほんまにアホとは思わんて」

「なぜ思わないのです?」

「アホはな、人生を少しでもよくしよう、成長して立派な人になろうなんて思わないねん。自分を変えたいと努力する人に、アホはおらんて」

「メンター探しだなんて、ほんとバカみたい。それって誰かに人生を変えてもらおうと思っているのと同じ。人生は自分でしか変えられないのに」

「どうしてそれがわかったんや?」

「メンターに出会えたから。そう言われたから」

「メンターか。これまでも何人かおったようやが」

「兄貴です」

「え?俺?そんなこと言った?」

「覚えてないですか?まあ、数えきれない人と会われてますもんね」

「う~ん。ほなら、どうして無駄と思ったん?」

「セミナー貧乏になったから。周りがどんどん成功していって、みじめだったから」

「まず心から変えんとな。心の容量空けんと、豊かさも入ってこれんよって」

「当時は豊かさの意味も、はき違えてましたし」

「はき違えたんではなく、豊かさの意味があなたの中で変わったねや」

「変わりましたね」

「成長するには、未熟でなければいけない。無駄を省くには、無駄がどういうものなのか、知らなくては省けない。成熟や完璧からは、何も生まれない」

「それって、遠回しにアホやと言ってますよね」

「そ、そんなつもりはない」

「アホでよかったです。立派な人間じゃなくて。立派だったら、兄貴に会いに行かなかったですから」

「せや。メンター探ししておらなんだら、俺んとここなかったんやから。未熟最高!」

「短命理論最高!睡眠は悪!と言っていた誰かさんも、ちょっとだけ未熟だったような…」

「ちょっとだけや。まだ発展途上、俺も未熟バリバリや」

「じいさんみたいに思ってました」

「まだ悟りは開いてないねん」

「そうでしたか」

「はい」

シ~ン(沈黙)。

「話すことないから、終わります」

「え?結局何を言いたかったん?」

「さあ、よくわかりません。おやすみなさい」

「え?もう?」

「ハイ。ありがとうございました。失礼します」

「あ、ああ、おおきに」

外は雨がザーザー降っている。
兄貴のいるバリ島ヌガラは星が出ていると言っていた。

私は自宅だが、今日の兄貴がどこにいるのかは知らない。
宮殿のような豪邸ゴーストか、あるいはどこかのリゾートか。
まあ、そんなことはどうでもいい。

強く、強く求めた。
私の人生を変えてくれる人を。
探して、探し求めた。
本の中に、故人の中に、現存している成功者の中に。

愚かで、浅はかで、何もない私に、
よくあれだけの人(兄貴)が会ってくれたと思う。
それもまた、あの人が普遍と言われるゆえんだろう。

求め続けたからこそ出会うことができた。
あきらめなかったから、出会うことができた。
未熟な自分よ、出会わせてくれてありがとう。

最短最速を求めてセミナーを渡り歩いた。
得た結論は、最短で叶うのは出会いまでだということ。
どんな出会いも育まなくては続かない。

未熟な自分を思い出すと、
恥ずかしくていたたまれなくなったり、
悔しくて後悔したり、多くの感情が上がってくる。

今はすべての過去に、過去の自分に、
出会ってくださった方々に感謝したい。
どんな時も支えてくれる人がいた。
今も、そんなすべての人に感謝している。

 

 

考えなければ成功する

 

「考えなくちゃならんことに囲まれたら、考えるな」

 

「困ったことに囲まれてもひるむな」

 

「全部どうにかなるって思えばええねん」

 

「考えることは足枷みたいなもんや。もうやめんねん」

 

「まあええか、好きにして、もう忘れたる、に切り替えんねん。道を拓きたかったら、開き直りや」

 

考えて考えて、

どうしようもないくらいクヨクヨして、

それがよくないことは承知してる。

 

もう忘れたいのに、考えたくないのに、

はらってもはらってもその思いが追ってきて、

しまいには就寝時間さえも妨害してくる。

 

そんな時は「好きなだけグジグジしなさい」って思う。

「考えたいなら考えていいよ」って。

そこを通り過ぎないと、考えない境地に行けない。

 

考えることに飽きて、考えることに疲れて、

自然と考えなくなるまでは。

 

「もうは、うんざりするほど悩んだ結果や。苦しみ抜いて、悩み尽くさない限り、もうの境地を知ることはない」

 

「一見、投げやりのようにもとれますが」

 

「投げやりと開き直りは違うねん」

 

「投げやりは放り出すこと。逃げですものね」

 

「逆に、開き直りは引き受ける覚悟を決めたいうことや」

 

「明るく開き直れって、仰せでしたね」

 

「次から次へ押し寄せてくるよって、身体がいくつあっても足りんねや。勘弁してや思うけど、来ちゃったもんは仕方ない。笑うしかないねんな」

 

「笑顔が福を呼び込むっていいますね。だから、無理してでも笑ったほうがいいのでしょうか」

 

「無理して笑うんもええが、もうの境地は、自然と笑いが出ちゃうねや。正確には吹きだしちゃうねん。ほんまもんの開き直りや」

 

懸命に打ち込むように、懸命に悩む。

悩み尽くして、悲観的が楽観的に変わったら、終わりは近い。

心が悩みの相手をしてくれないので、

悩みのほうはやってられなくて、そそくさと身体から出てゆく。

 

「やってない人ができるわけないやん。やってきた人が、いつかできるようになんねん」

 

悩みのない人などいない。

悩むことをやめたのも束の間、次の難題が降ってくる。

山あり谷あり、それが人生。

 

成長するたびに山は高くなり、谷は険しくなる。

だが慣れてくれば、谷間に咲く花にも気づく。

 

慌てず、急がずに行こう。

心に余裕ができてきたら、成功する日も近い。

 

間違えから学ぶ

 

「兄貴がおっしゃる、人間は失敗からしか学べない、ですが」

 

「うん」

 

「努力しなくても、何でもそこそこできてしまう子はどうなんでしょうか。大人になっても、ずっとそれできちゃった人って」

 

「う~ん。失敗してみたい人もおるんや」

 

「結構いますよ、そういう人。努力が半端ないから失敗しない」

 

「組織人はそうかもしれんな」

 

「勤め人に多いでしょうね。失敗が嫌なわけじゃなく、努力自体大好きだから、失敗通り越して達成しちゃう」

 

「大好き?努力が楽しいんや」

 

「勉強自体が好きなタイプですかね」

 

「勉強が好き?勉強が楽しいんや」

 

「本からの学びとか、結構楽しいですよ」

 

「楽しいと捉えよう!と心がけなくても、いきなり楽しいわけや」

 

「兄貴にとってのツーリングが、ある人にとっては勉強だったりするわけです」

 

「それでも、やりたいことばかりじゃないやろ」

 

「もちろんです。できそうなことにしか手を出さないわけじゃない。そうでないことにも、きちんとチャレンジしてる」

 

「要は真面目なんやな」

 

「勤勉ともいいますね。組織での成功はそれで充分な気もします。反面、個人事業主の成功には限界がないですよね。金額的にも。兄貴をみてると思います」

 

「それでもまったく失敗のない人生を送る人はおらんでな。必ず何らかの失敗は巡ってくる」

 

「失敗をしない人は、失敗しても回数が少ないので、それが問題かと」

 

「失敗は数じゃないと言っておこう」

 

「なるほど。そうきましたか。どれだけ多くの人と出会ったかではなく、どれほど深く関わったかに似てますね。広く浅くより、狭く深くでしょうか」

 

「俺は、広く深くを目指す」

 

「深くとは、その人に自分の時間をどれだけ割くかだと思います。ですが、不特定多数を相手にする兄貴は、時間が圧倒的に足りません。どんな人にも時間は公平です。一日24時間しかない」

 

「それでも時間を割いとったが、寝んでも、追いつかない人数になってもうた。もう、短時間で深く落とし込むしかない」

 

「それには?」

 

「人たらしになることや」

 

会った瞬間に一気に引き込む。

今困っている問題、長年の悩みを相談してもらい、

決定的な、それでいて納得できる、

すすんで受け容れてもらえるような言葉を放つ。

 

ひと言で解決してしまう場合もある。

「それだけのことだったんだ…」

質問者の呆気にとられた顔を、

兄貴邸を訪れるたび、何年も何回も見てきた。

 

なぜそんなことができるのか?

その問いに兄貴は「経験値の多さだ」と笑った。

「俺の人生は失敗の連続だった」と。

 

抜群のコミュニケーション能力と飽きさせない話術。

絶妙な間の取り方、視線の捉え方、

ゼスチャーの使い方、笑いのとり方。

 

それらを才能でもなく、培ったと豪語するわけでもなく、

すべては与えていただいたもの、と断言する。

たった一度の出会いで、人の心に深く入り込んでいく。

 

「兄貴は、失敗を繰り返せば、失敗しなくなると仰せでした」

 

「同じ失敗をしなくなる、いう意味や。新しい失敗がまたくる」

 

「経営者の場合は失敗すると、従業員が路頭に迷います」

 

「俺も経営者だった頃は、失敗はできんと、プレッシャーが半端なかった」

 

「それでも失敗は恐れるな、とお試しがくる」

 

「経営者において、失敗を恐れないいうんは勇気がいる。人生は必ず失敗するようにできとるからや」

 

「そのミッションをクリアしているから、今があるわけですね」

 

「失敗したら、失敗する前よりもさらに大きな結果を出す。その失敗をテコにするいう条件つきでや」

 

「失敗まで行かない人でも、間違えることはありますね」

 

「誰にでもある」

 

「人生は失敗からしか学べない。でも、失敗する回数が少ない人は?」

 

「失敗まで行かんよう、間違いの時点で止める。あるいは解決してしまうことや」

 

失敗を繰り返すことで、失敗をしなくなる。

失敗したいのに、失敗がきてくれなくなる。

 

だが、間違いだけはどんな人にも平等に訪れる。

失敗しなくなったら、間違えから学ぶことだ。

 

間違えなくなったら?

それはまた質問することにしよう。

 

 

見えない存在、話せない存在に感謝する

 

「兄貴、こんばんは~」

 

「おう、きたな!まっとったで!」

 

数秒の沈黙。

兄貴が私を見ている。

よく見ると私の瞳の奥の何かを見ている。

 

インナーチャイルドではない。

私のご先祖様に挨拶をしている。

 

「遠いところようこそお越しくださいました」

「彼女を無事に送り届けてくださり、ありがとうございます」

「長旅、お疲れさまでした」

 

夕食が運ばれてくる。

兄貴の視線を感じる。

優しい瞳でこちらの様子を窺っている。

 

目が合った。

やっぱり瞳の奥を覗き込むように見ている。

 

「インドネシア料理はお口に合いますか?」

 

突然話しかけてきて驚いた。

敬語だっただけに恐縮した。

 

あとできいたら、

私の指導霊様や守護霊様に、

話しかけていたそうだ。

 

「兄貴って霊が見えるんですか?」

 

「見えない」

 

「気配を感じるんですね」

 

「感じない」

 

「え?どういうこと?」

 

「見えない存在に感謝するんが習慣なんや」

 

その日のゲストは明け方まで帰らなかった。

夜が明ける頃、兄貴は庭の植物に水を撒き始めた。

 

スタッフが通勤してくる前にわざとやっているのではない。

植物に話しかけたくなると、きまって水撒きをするのだ。

 

「今日も暑くなるで。お天道様が昇る前に沢山飲みや。タッタラッタッタ~♪」

 

鼻歌が口をついて出る。

鳥のさえずりに合わせてハミングする。

気分はすっかり鳥である。

 

日に焼けてしまった葉を、

一枚一枚取り除くこともある。

当然話しかけながら行う。

 

「すっきりしたやろ?」

 

「兄貴、寝る時間が減ってしまいます」

 

「身体を休ませることも大事やが、心の健康はもっと大事や」

 

植物は花びら一枚とってみても、柔らかくやさしい。

バサッバサッと枝を切り落とす時でさえ、

すがすがしい気分になる。

 

植物にしてみれば、

樹液という大量の血を流しているわけだが、

そこから癒しのエネルギーが出ているからだという。

 

「植物は水をやらなければ枯れてしまう。だが、水をほしいとはけっして言わない」

 

「ほしいものは取りに行くか、もってきてくれるまでまつ。催促しない。求めない。万物から学ぶいうんはそういうことや」

 

生徒が先生に催促するなんてあり得ない。

植物が先生で、兄貴が生徒なのだそうだ。

 

「植物は、こちらから一方的やろ?神様と人間の関係に似てる思わんか」

 

「確かに、神社でお願いするのは一方的ですね」

 

「神様は何も言わないで、黙って聞いていてくれる。植物も手折らない限り、そこにいてくれる。手折ることさえ、責めずに受け容れてくれる」

 

生まれることができたのは、ご先祖様のおかげ。

ここまで無事にこられたのは指導霊様や守護霊様のおかげ。

生き続けるために癒しを与えてくれたのは、

植物も含めた大自然のおかげ。

 

「目に見えないもの、口がきけないものこそ大事にせなあかん」

 

人に会った時は、その人だけでなく、

その人のご先祖様もイメージして感謝する。

 

その人には、貴重な時間を割いてくれたことへの感謝を、

ご先祖様には、その人を遣わしてくださったことへの感謝を、

できれば言葉で、しっかりと伝える。

 

万物に感謝。

生かされている今に感謝。

美しいこの地球(ほし)に生れ落ちたこと、

人間に生まれることができたことに感謝する。

 

 

努力と恩返し


「兄貴は何事もラクして成せないと仰せでしたね。苦労したり、努力が大事なんだと」

「大事やけど、何事も苦労して叶うとは言い切れない」

「言い切れない?いつ叶うかはわからないけど、努力だけは続けていようねってことですかね」

「実現は天からくるものばかりやない。中には努力で叶うものもある。ただ、検討違いの努力してると叶わんでな」

「検討違いの努力?」

「掛け算しなきゃならんとこで割り算してたらあかんやろ?」

「間違った努力ということでしょうか?」

「努力に間違いいうんはないが、見当違いいうんはありや」

「なるほど」

「恩を返してくれる人とくれない人とでは、報われ方いうか、結果も変わってくるよって」

「相手を選べということですか?兄貴は人を選ばないんじゃ?」

「すまん。語弊があったな。もちろん、報われることを前提にしたり、恩を返してくれることを期待して、相手に対するわけやない」

「ですよね」

「俺が言ってる相手とは、明らかに人の気持ちが通じない人のことや。どんなに心を開いて話しかけても無視したり、いじめを繰り返したり」

「そういう人は確実に存在しますね」

「向こうがこっちを嫌ってるのに気づいたら、無理に近づかんことや。人類は皆兄妹ではない。そうなれたとしても、いきなり最初からは無理な人もおる」

「こっちは嫌われるようなことはしていないのに、いじめてくる人のなんと多いことか」

「日ごろの仕打ちはどうあれ、困っていたら力になってやれるだけの余裕はもっていたいよな」

「ふだんは距離をおいていても、いざという時には、助けてあげるんですね」

「せやな」

「寝返ったり、置き去りにしたり、見殺しにしたり、人を差し出して自分だけ助かるような人でも?」

「極端やな(笑)。ま、そういうことや」

「私はそこのところは、相手を選びますね。仲間を売ったり、人を差し出して自分だけ助かろうとするような人は、助けてあげません」

「ガハハ!あなたならそうするやろな。お仕置きっ!言うて(笑)。俺が言うんは、費やした時間のことや」

「時間ですか?」

「うん。恩を仇で返す人に、時間を注がないわけやない。注ぐ時間を、恩を倍にして分かち合ってくれる人には、返してくれない人よりも、ちょっと多めにするねんな」

「差別するんですね」

「ちょっとや」

「差別には違いないでしょ。そういうのを、選んでるっていうんですよ」

「う・・・。いじめんといて」

「フフ。でも、そういう差別なら、自分もストレスが溜まらないですね。いい人にはいくらでもお役に立ちたいと思います」

「そやろ?そうなんや!分かち合いに生きている人に注ぐと、その人たちは自分のところだけに留めんと、拡散してくれはる!」

「ププ。恩に生きる人は、くれた本人にも返しますが、その人の家族や友人にもふるまってくれますね」

「時間もそうやが、恩も分かち合うものなんや」

「人にもよりますが、時と場合にもよりますね。相手の置かれている立場や、自分の立ち位置によっても変わる」

「何が正しくて、何が間違っているということもないがな」

「そうですね。なりふり構わず、何でもいいからやればいい、ってもんでもない。人はともかく、自身の夢においては、見切りをつけたほうがいい場合もありますね」

「恩返しの話になってしまったが、打ち込む努力を見極めることが大事や。人を選ぶんやなく、やるべきことを選ぶ」

「努力も恩返しも、最終的には繋がっている気がしますね!」

しないほうがいい努力としたほうがいい努力。
打ち込むべきもの、打ち込むべき人。
報いたい人、報える人になってほしい人。

若くて時間がある、余命が充分ある人なら、
出会った順番に思いを注いでいけばいい。
何でも構わず努力していけばいい。

されど、老い先が短かったり、
病で余命いくばくもなかったり、
時間は有限だとわかっている人にとって、
優先順位はとても大事だ。

したほうがいい努力は、
努力しているという実感がない。
無心で没頭できたり、楽しかったりするからだ。

そして必要のない努力も、確かに存在する。
必要でない努力とは、
あなたのやる気とか、エネルギーを奪っていくものだ。

自分にも周りにも必要な努力を積み重ねれば、
使える時間が増える。
その時間を再び分かち合うことで、
周りも自分も幸せになれる。

努力自体はけっしてラクではないが、
恩返しも努力と同じで、
積み重ねることによって後に返ってくる。

努力も恩返しも、誰もみていないようでいて、
誰もわかってくれないようでいて、
実は必ず誰かがみているものだ。

みている人はみてますよ、
わかってますよとは言わない。
たまにはいるけど、
ほとんどがじかに手を差し伸べたりしない。

影で応援してくれていたり、
いざという時に助けてくれたり。
そういうやり方のほうが、
ためになると知っているからだ。

黙って努力する人の後ろ姿は、人の心を打つ。
ただ喜ぶ顔がみたくて、誰かに尽くす姿もまた美しい。
後ろ姿で人生を語れる人になりたいものだ。

 

人生にドラマはいらない

 

「レジェンドだとか、劇的な人生ですねって言われるねんけど、目指したわけじゃないねん」

 

「そりゃそうですよ。貧乏で一日一食(学校給食)だけの生活なんて、目指したくない」

 

「それに、自分から中卒を希望したわけやない」

 

「兄貴は中学、卒業されてたんでしたっけ?」

 

「何言うとるねん!いくら俺かて中学は出とるがな。義務教育やんか」

 

「あ、そうでしたね。私てっきり」

 

「まじめに行ったわけやないから、小卒みたいなもんやが」


「小卒って(笑)。そんな状況で夢とか希望はないですよね?」

 

「ないな。明日食う米あるかな?しか考えとらん」

 

「兄貴をみてると、夢や希望がなくても、人は生きていけるんだと思いますね」

 

「夢や希望は、ある程度は余裕がないと持てないやろ」

 

「ある意味、ヒマがないと持てないともいえますね。悩みと一緒で」

 

「夢や希望ってのは非現実的や。現実を生きるのにせいいっぱいな人間に、非現実を描ける時間はない」

 

「確かに」

 

「かけもちで一日18時間働いとるねんで。睡眠時間少ないから寝る夢もみれん」

 

「すみません。昨日寝すぎて、腰痛い(笑)」

 

「ガハハ!俺の睡眠時間が少ないんは、それが習慣になってしまったからや。これも目指してこうなったわけやない」

 

「兄貴の場合、すべてがやむを得ない状況にあったからですよね」

 

「劇的いうんは人に言われたんであって、俺自身は言われるまで意識しとらんかった」

 

「そうなんですか?」

 

「周りと違うってことは、ガキの頃からさすがに気づいとったが」

 

「周りに当たり前にある環境、生まれてくれば普通にある環境がなかったわけですから」

 

「大人になったら、周りと同じになる思うとったが、世間は学歴社会やった。同じにならんかった」

 

「勉強や学歴ではかなわない。でも、そういう人たちに勝てるものがあった。それが年収だったんですね」

 

「稼ぐことが、俺に自信を与えてくれた。だが、やっぱりそこにも夢や希望はなかったんや」

 

「ほしいものはあっても?」

 

「金持ちみてああなりたい、すごい社長みてこうなりたい思ったが、それも俺にとって夢と呼べるもんやなかった」

 

「そもそも兄貴の中に、夢という単語自体がなかったんですよね」

 

「稼げば稼ぐほど、貧乏に逆戻りする不安も大きくなっていった」

 

「そうなんですか?」

 

「それは嫌や。だから、そうならん仕組みをつくった。その場におらんでも金(かね)が入ってくるように。それでもまったく不安がなくなったわけやない」

 

「今でも?」

 

「今はなくなった」

 

「どうしてなくすことができたんですか?」

 

「また貧乏に戻ってもいいと思えたからや」

 

「もしかして、戻りたい…とか?」

 

「戻りたくはないねんけど(笑)。戻っても俺なら大丈夫やって思えたから。強くなれたんや」

 

「兄貴が手にしたことがないものって?」

 

「平凡かな。好きで非凡になったわけやない」

 

「物足りないでしょ。兄貴には」

 

「案外新鮮かもしれん。未経験いうんは、毎日が冒険で楽しいものや」

 

「望んでも得られなかったものが平凡ですか。ないものを欲しがるのが人間ですからね」

 

「平凡を望んだのは子供の頃だけや。望んでもどうにもならんことは、考えんでええんや。すべては与えられるものやから」

 

「人の目にどう映ろうと、自分が悔いなく生きられれば、ですかね。終わりよければすべて良しでしょうか」

 

「いや、過程善ければすべて良しや」

 

「なるほど」

 

「夢や希望があったほうが頑張れる人はもてばええ。夢見る余裕もなく、生きるのが悲惨な時は希望なんてもてん。そういう人に、夢や希望はいらんねや」

 

「夢や希望は、生きる支えになりませんかね」

 

「ならんな。あなたはどうや?」

 

「ならないですね。兄貴にとって生きる支えになるとしたら、それは何ですか?」

 

「人や」

 

「私の友人に、生きる支えは子供だと言った人がいました」

 

「大抵の母親はそうじゃないんか?」

 

「みたいですね。子を持たない私にはわからないですけど。自分の命よりも大事だそうです。それで、あなたにとって自分の命より大事なものは何かときかれて…」

 

「なんて答えたんや」

 

「自分の命より大事なものは、ないと答えました」

 

「ガッハッハ!」

 

「守るべきものがないということでしょう」

 

「お母上がおるやないか」

 

「あ、そうでした。私が看ないと死んでしまいますからね。母が逝ってしまえば、守るものはなくなります」

 

「そうか」

 

「それまでに、生きる支えになる人が見つかればいいんでしょうけど」

 

「それも、目指したり、叶えたりするもんやない。与えられるもんや」

 

「そうですね。すべては天から与えられるもの。兄貴も私も、支えになる何かをもてるといいですね」

 

人生が劇的である必要はない。

劇的な人生がすごいわけでもない。

平凡もまた素晴らしい。

 

夢や希望をもちたい人はもてばいい。

だが、それがなくても生きてはいける。

 

「大切なのは夢ではなく、いかに自分の人生を生きているかや。夢も希望も金(かね)と一緒で、生きる上でのツールにすぎん」

 

定義は人によって違うから、

これも兄貴と同じである必要はない。

それでも非凡な兄貴が言うと、

もっともらしくきこえてくる。

 

手離してはならないもの、

本当に大切なものが何かを知る。

 

過去を振り返えりすぎず、

明日を追いすぎず、

目の前にある今を生き抜く。

 

 

信じる心、疑う心

 

「後輩が転職したんですが、すごく素敵な女性に会ったそうです。こんど一緒に仕事ができるって喜んでました」

 

「よかったやないか」

 

「それが、よくないんです。私はその女性と面識がありまして」

 

「知り合いだったんや」

 

「以前の勤務先の同僚でした。お互いに別の課に異動して、まあ、大きな組織でしたから、再び同じ課になることはなかったですが」

 

「そりが合わなかったんや」

 

「広い課なので、仕事は細かいセクションに分かれていて。島が違ったので、私は被害に遭わなかったんですが。同じ担当で働いていた人は、はたでみていて気の毒でした」

 

「被害て」

 

「人によって態度を変えるんです。気に入った人にはすごくよくしてくれますが、そうでない人には辛辣。やり方というか、嫌がらせがねちねち細かくて、精神的に追い込まれて病欠になった人もいます」

 

「今のところ、あなたの後輩は気に入れられとるんやろ?絶賛するくらいやから」

 

「利用価値があれば利用し、そうでなくなれば、使い走りでしょうか。目をつけたら最後、辞めるまで追い込んでいきます。とにかく性格が悪くて、その組織では有名でした」

 

「上司なら最悪やな」

 

「上司だから心配なんです。正直言って、後輩は彼女が嫌うタイプです。いじめないのは、そのプロジェクトに彼女の力が必須だからです。部下の手柄は自分の手柄。自分の失敗は部下のせい。プロジェクトが終れば、手の平を返すと思います」

 

「異動にならん限りは、同じ課で顔つき合わせなきゃならんよって、どのみち逃れられんちゃうか」

 

「そうですね。私が兄貴にこんな話をしたのは、後輩に、彼女の情報を伝えるべきか、迷っているからです」

 

「伝えたところで何も変わらんやろ。もしかしたら憧れの上司のままでいてくれるかもしれん」

 

「それはないですね(きっぱり)」

 

「俺だったら言わないな。困って相談してきたら、何も知らなかったふりして相談に乗る」

 

「そうですね。後輩の中の憧れを、壊す権利なんてないですしね」

 

「つらい目に遭うたとしても、人生の修業や。経験しなければならん道だったんや。案外、簡単にかわしてしまうかもしれんぞ。後輩のほうがしたたかやったり」

 

「どういうことでしょう?」

 

「あなたの後輩が人によって態度を変える人だったらどないや。あなたの前ではごっついええ人やが、他では悪い態度をとる人だったら」

 

「そんなこと、信じられません」

 

「同じことやて。だから、彼女の正体は教えてやらんでええよ。自分で気づかなあかん」

 

「蟻地獄に吸い込まれていくのを、黙ってみてるわけですね」

 

「自分から喜んで入っていくのを、止めたらあかんやろ」

 

「蟻地獄だと思ってませんから」

 

「止めても行くんが人や。後輩を止めることができんのは後輩だけや」

 

予感は的中し、後輩はプロジェクトの終了と共に袖にされました。

いじめが続き、限界だと思った矢先、

彼女のほうが異動になり、後輩は辞表を撤回しました。

 

「あの人には気をつけたほうがいい」

 

そう忠告すべきだったでしょうか。

知らないで接するのと、知って接するのとでは雲泥の差です。

どちらが正しいやり方なのか、今でもわかりません。

 

私に対してはすごくいい人なのに、

私の周囲に対して辛辣な人がいます。

 

それを知った時はショックでしたが、

私は今もその人とおつきあいをしています。

 

その人がそういう人だと知ったきっかけは、

噂と、警告してくれる人がいたからです。

 

人の噂ほど当てにならないものはありませんが、

実際にその人の裏でのふるまいを見てしまい、

その人がメリットデメリットで態度を変える人だと知りました。

私に対してのその人のメリットが何なのかも。

 

ですが、私は何も知らないフリをして、その人と接しています。

その人が私に対して手のひらを返してきたら、

態度を変えざるを得ませんが、

今のところ何も起こらずに、年月だけが過ぎています。

 

完璧な人などどこにもいません。

自分だってそんなつもりはないのに、

誰かにとって違う人格になっているかもしれない。

 

「尊敬してます言われたら、尊敬し続けられる努力をすることや」

 

「ほんとの自分はそうでなくても、落ち目になっていたとしても、演じてでも、相手の中のイメージを壊したらあかん」

 

「ありのままでええんは自分に対してや。いつでも相手目線で考えるんやで」

 

目の前にいる人を信じたい。

私を大切に扱ってくれる人を大事にしたい。

疑うことなく、その優しさに報いたい。

 

 

これまでの兄貴、今の兄貴

 

「疲れるのは自分一人でなんとかしようとするからや。頑張りすぎるのは禁物やで」

「イライラしてると幸せも逃げて行く。成長に我慢はつきもんやが、しなくてええ我慢はせんでええ」

時間に追われ、体調を崩しながら、
目の前にきたことをコツコツとこなす。

来るものは逃げないで受け止める。
歯を食いしばりながら、状況が去っていくのをまつ。
今はこういう時期なんだと言いきかせて。

人間は慣れる動物であり、飽きる動物だから、
こんな生活にもいずれは慣れる。
心で泣くことにも飽きるに違いない。

「変に悟りきって、所詮こうなんだと思い込むのが一番悪いねや」

「若い頃に考えていた人生とはまったく違う今を生きています。ならば、最初から夢などみなければいいのです」

「割り切るいうんはあきらめるってことや。なぜ簡単に捨ててしまうねや。これまで積み上げてきたもんを愛しいとは思わんのか」

面倒は投げ捨て、次へ行けばいいと思っていた。
継続には短い期限を定め、事に向かっていた。
最初から時間がかかるものは引き受けない。

兄貴と出会った頃の私は、やりきれなさで満ちていた。
表向きは平静を装っても、心は不安だらけ。

「確かに命は有限や。有限だからこそ、急ぐ必要がない。あなたはあなたのままで完璧なんや。ありのままで勝負すればええ。但し、勝負は人とではなく、自分とするんやで」

「あなただけやないんや、不安なのは。人間である限り、みんな同じようなことで悩み、苦しむ。ただ表に、言葉に出さないだけや。俺かて」

弱みなど見せなかった人が、
無防備にも背中を向けて話をする。
あんなにも大きく見えた背中が、とても小さく見える。

追いかけてもけっして届くことのなかった人なのに、
今はとても身近に感じる。

「パッと咲いてパッと散る。花火みたいな人生がええねん。
長く生きようとか思っとらん」

見栄っ張りでギラギラしていて、めったに笑わない人だった。
気絶するまで寝ない人だった。何日でも。
ほしいものはほぼ手に入れたはずなのに、何だか荒れていた。

今は、猛スピードでバイクや車をとばすこともない。
吐いた煙草の煙をゆっくりと目で追いかけている。
笑顔を絶やすことがない。

「どれだけ手に入れても、あの世にはもっていけんしなあ。手に入れたいう言い方自体が傲慢やな。与えていただいた、が正解や。気づくのにえらいかかってもうた。カッコ悪いやろ?」

自然体で生きる兄貴をみていると、
こちらまでゆったりとした気持ちになってくる。

過ぎてしまえばすべては思い出になる。
どう生きるかではなくどう生きたか、かもしれない。

 

 

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