デブの帝国 「ジャンクフードばんざーい!」
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 発行年月 2003年06月

 デブの帝国―いかにしてアメリカは肥満大国となったのか 』 ←Amazonはこちら

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【161冊目の面白い本】 『デブの帝国』 グレッグ・クライツァー


【本の内容】
人口の60%以上が肥満の国アメリカ。こんなアメリカに誰がしたのか?あらゆる側面?階層、政治、文化、そして経済に踏み込み、アメリカが世界的な肥満国となったワケを解明。代謝異常の原因である安価なパーム油と果糖の問題。カロリー摂取量と運動量の関係やダイエット法の嘘。多くの家庭にはびこる誤った知識や子どもの糖尿病の増加。さらには肥満と余暇、流行、宗教との関係も独自の視点で分析。「流行性肥満症」が人間、とくに幼い子どもの命を犠牲にしている恐ろしい現実を描き出していく。


【著者について】
クライツァー,グレッグ(Critser,Greg)
ジャーナリスト。『USAトゥデイ』『ロサンゼルス・タイムズ』『ハーパーズ・マガジン』などに寄稿。カリフォルニア大学ロサンゼルス校オクシデンタル・カレッジおよびUCLA卒業。カリフォルニア州パサデナ在住




タイトルもさることながら、この表紙もなかなかのもんでございます。
赤ちゃんが牛乳パックに腰をかけ、ピザを持ち、浮き輪のような形でハンバーガーをまとい、頭にはアイスクリームの髪飾り・・・


BMI(ボディ・マス・インデックス)をご存知でしょうか。
BMI=「体重(kg)」÷「身長(m)の2乗」であらわされる人の肥満度を表す世界共通指数。

ただ、判定の仕方にはばらつきがあるようですが、
日本では22が標準体重で、25以上を肥満、18.5未満を低体重。

アメリカ人は太平洋のいくつかの島々の住民をのぞいて、地球上で最も太った国民らしい。61%がやや肥満(BMI25以上)、20%が肥満(30以上)ってんだから、たしかにすごい。それを称して、「デブの帝国」(FAT LAND)と。


アメリカはいかにして、デブの帝国となったのか、これを考えるのがこの本。


たどってみると、政策がもとになっているようなのでございます。

1971年、ニクソンにより、18代農務長官に任命されたアール・バッツ。
日本で言うところの族議員って感じなのでしょうが、農作物の規制を取っ払っていった。輸出規制の撤廃、価格の自由化などなど、その結果トウモロコシを大増産。

そして時を同じくして1971年ごろ、日本の科学者がHFCS(ブドウ糖果糖液糖)を開発した。


このHFCS、トウモロコシから生産され、甘みのもとになるようなもの。
とんでもなく安いコストでできるらしく、糖分製品のコスト削減に大きく寄与することに相成りました。ソフトドリンクの成分表を見ると、入っておりますねぇ。いろんなものに。


また、アブラヤシから作られるパーム油を大量に輸入もした。
「樹木ラード」と呼ばれるほどで、飽和脂肪酸がラードよりも多く含まれるらしい。
これがマーガリン、クッキー、パン、フライドポテトの揚げ油等に使われるようになった。やっぱりこのパーム油も安い。


いずれも安い価格で食料品を手に入れられるようになったが、同時に過剰な糖、脂肪もセットになってきたんでございます。


続きます。

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【161冊目の面白い本】 『デブの帝国』 グレッグ・クライツァー

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1970年ごろから、ファーストフードのジャンボ化、バリューセット化が起こる。
アメリカマクドナルドのフライドポテトのカロリーの推移が載っていた。


1960年   200キロカロリー
70年終わり 320キロカロリー
90年半ば  450キロカロリー
90年終わり 540キロカロリー
00年半ば  610キロカロリー


右肩上がりでございます。

人気ラッパー、ビッグ・パン。90年代半ばに登場後スターに。
90年代初めには100キロだった体重が、90年代半ばには182キロ、98年には227キロ、
29歳で心臓発作で死んだときには317キロだったという。


そして、体育の衰退(予算削減)も肥満に拍車をかける。スポーツをする機会を金で買わなければならなくなった。スポーツクラブへの入会、公園のある地域に住めること、時間的な余裕があること。


『フード・ポリティクス肥満社会と食品産業』のなかでも紹介されていましたな。、
「豊かさのパラドクス」という言葉。歴史家のハーベイ・リーヴェンステインによる。
金持ちと貧乏人に食生活と健康の格差がある、と。
金持ちは健康的な食生活を送り、貧乏人は脂肪、糖質の多い食生活を選ぶ(選ばざるを得ない)。


ま、ともかく、果糖ってやつの取りすぎには注意をした方がよいらしいです。果糖は、インスリン抵抗性を強める(インスリンにより血糖値が下がりづらくなる)、
脂肪酸の燃焼の割合をおさえるなどの効果を持つらしい。

「アメリカ臨床栄養学ジャーナル」は
(食事によって摂取した果糖は)心身に有害な変化を起こすことはあっても、
有益な影響は全くない、と評価したとのこと。


とまぁ、ここまで書いて甘いもの、糖分はなんだかよろしくないだけじゃないかと思われたかもしれません。
次はまた違った見方をした本をご紹介いたしましょう。



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 発行年月 1986年04月

 思考の整理学 (ちくま文庫) 』 ←Amazonはこちら

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【160冊目の面白い本】 『思考の整理学』 外山滋比古


【本の内容】
アイディアを軽やかに離陸させ、思考をのびのびと飛行させる方法を、広い視野とシャープな論理で知られる著者が、明快に提示する。


【著者について】
外山 滋比古(トヤマ シゲヒコ)
1923年生まれ。東京文理科大学英文科卒業。『英語青年』編集長を経て、東京教育大学、お茶の水女子大学などで教鞭を執る。お茶の水女子大学名誉教授。専攻の英文学に始まり、テクスト、レトリック、エディターシップ、思考、日本語論の分野で、独創的な仕事を続けている




最近もまだ売れているようですねぇ。
ブックオフにいったらたくさん置いてました。それだけ売れているということでございましょう。


人間には、グライダー能力と飛行機能力とがある。受動的に知識を得るのが前者、自分でものごとを発明、発見するのが後者である。


両者は1人に同居する。グライダー兼飛行機となるためにどうするかがこの本のテーマである。飛行機にはエンジンがある、すなわち言われたとおりではなく、自分で考える力を身に付けるということ。今の学校は教えすぎだという。昔の塾や道場は教えない。これが盗もうという気持ちを生ませる。それはすなわち自ら意欲的に学ぼうという気持ち。


伝統芸能、学問がつよい因習をもちながら、なお、個性を出しうる余地があるのは、こういう伝承の方式の中に秘密があったと考えられる。


つまり、飛行機能力を生む土壌がある、と。

よい論文とは、すなわちカクテル論文。


同じ問題について、AからDまでの説があるとする。自分が新しくX説を得たとして、これだけを尊しとして、他をすべてなで切りにしてしまっては、蛮勇に堕しやすい。Xにもっとも近いBだけを肯定しようとするのも、なお我田引水のうらみなしとしない。AからDまでとXをすべて認めて、これを調和折衷させる。こうしてできるのがカクテルもどきではない、本当のカクテル論文である。すぐれた学術論文の多くは、これである。人を酔わせながら、独断におちいらない手堅さをもっている。


会社にて自分のアイデアを実行するときにもこれと同じことが言えないか。
これはいわばメタ創造であるという。


第一次創造はクリエイションである。これを加工して新しい価値に昇華させるのは、メタ・クリエイションである。思考についても、この創造とメタ・創造の次元が存在する。カクテル式の論文は、メタ・創造によるもので、物語で言えば、『デカメロン』『源氏物語』式ということになる。


創造とは個性的なものであると、誰もが考える。つまり、第一次創造、クリエイション。しかし、メタ・創造も個性的である。ゼロから何かを生み出すわけではないが、触媒となって化合させることで、個性が表現される、と。これも1つの飛行機能力である。


俗にアイデアを寝かす、という。
手帳にメモする、寝かす、まだ輝いているものをノートに移す、寝かす、それでもなお輝いているものをさらにノート(メタノートとする)に移す。
これが寝かすというものの具体的な方法。著者はノートを31冊、メタノートを22冊20数年で作ってきた、と。「わが思考、すべて、この中にあり」たしかに、これらを眺めているとさぞ気持ちいいだろう。


実際の経験と読書やTVなどで得る知識について。
前者を第一次的現実、後者を第二次的現実とする。


現代のように、第二次的現実が第一次的現実を圧倒しているような時代においては、あえて第一次的現実に着目する必要がそれだけ大きいように思われる。人々の考えることに汗のにおいがない。したがって活力に欠ける。意識しないうちに、抽象的になって、ことばの指示する実体があいまいになる傾向が強くなる。


社会人も、ものを考えようとすると、たちまち、行動の世界から逃避して本の中へもぐり込む。


われわれの知的活動が、とかく、模倣的であり、真に創造的でないのは、このナマの生活との断絶に原因があるのではあるまいか。


本を読んでわかった、では足らんのでしょう。

先日後輩と話をしていたときのこと。
彼の仕事は営業。そのほかに販促セミナーも行っている。リストにDMをうち、セミナーに呼び込み、営業をかけていく。マーケティングの本やビジネス書にはリストの作り方やDMのデザインの方法、セミナーの仕方などが載っている。だけれどもそこまで。


ここに第一次的現実をのせる。
7000社にこのデザインでDMを打つと0.1%の反応があるでしょう、これだと0.2%、その後の成約率が高いのはこのセミナーのやり方ですよ、とすらすらアドバイスされた。こいつやるなぁ。。

第一次的現実を蓄積していくことが飛行機能力をもつということなのであります。



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