65キロまできた。
あと35キロ。
残り時間は9時間。
完走に現実味を帯びてきた。
第二関門では、スタート前に預けた自分の荷物を受け取ることができる。
日陰のあるテント下に座り、荷物を開け、中に入れておいたパンを食べた。
靴下を脱いで、筋肉痛対策のサロメチールを塗りまくった。
エアーサロンパスを足にかけまくった。
足裏の痛みが少し和らいだように思う。
ポカリスエットを入れておいたのだが、それはぬるくて不味く、湧水の水の方が冷たくて美味しいと思い、ポカリスエットは袋に戻した。
この決断はもしかしたらいけなかったのかもしれない。
後になってそう思う出来事があった。
100マイルに参加している人も休んでいた。
50歳前後の男性。
「俺には無理だよ。もうやめる。」
そんなことをぼやいていた。
100マイルの参加者は50名以下。
成績のいい人しか参加できないので実力者ばかり。
そんな人でも相当に厳しいようだ。
100マイルに参加している仲間はどうしているだろう。
気になった。
スタッフに聞けば教えてくれるかもしれない。
けれども最後まで聞かなかった。
聞いたところでどうしようもないし、今もゴール目指してがんばっていると信じていたかった。
自分の気持ちが抜けるのが怖かったのだ。
エイドステーションにあったおにぎりやきゅうりも食べて、エネルギー補給はすんだ。
僕は再び走りだした。
第三関門は、制限時間15時間の約82キロ地点。
時間は3時間半ある。距離は約17キロ。
楽ではないが、普通に行けば大丈夫だ。
最初は登り坂なので、慌てずに歩いた。
いずれ下り坂になる。そこで挽回すればいい。
だがその登りが険しい。
いったいいくつ山を登るんですかというぐらいに登る。
ひたすら黙々と歩き続ける。
足裏はジンジンと熱くて痛いが、怪我なくここまで来れているのは幸運だ。
天然湧水が所々にあり、水に困ることはなくなってきた。
それなので水を我慢することなく飲めた。
山の上は日差しがきつい。
日陰が少なく、ずっと太陽の光を浴びながら歩いたり走ったり。
それでも湿度はそれほどないので、蒸し暑くはなかった。
乾いた暑さというか、耐えられる暑さだった。
下りに入った。
僕はゆっくりと走りだした。
長い下り。
走っているうちに、自分の体の異変に気付いた。
汗が出ない。
あれだけ水を飲んで、これだけの暑さの中で走っているのに汗が出ない。
これはやばいかもしれない。
そう考えると寒気もしてきた。
体の保温機能が失われているようだ。
同じような道を単調に走っているうちに、
「ランニングの採点をしてもらっているんだ」
と訳のわからないことを考えだした。
頭もいかれてきてる。
この暑さの中でずっと日差しを浴びているのだ。
おかしくならない方がおかしい。
水だけなのもいけない。
汗と一緒に塩分も出ているのだから、塩分も補給しなければいけないのだ。
さっきのエイドで、ぬるくて不味くてもポカリスエットにしておけば、このような症状は防げたかもしれない。
幸い第三関門はあと少しだ。
道の途中にいたスタッフが叫んだ。
「次のエイドまであと1.5キロです!」
僕は下り坂を一気に駆け下りて、第三関門にたどり着いた。
午後2時。
制限時間の1時間前。
あと約20キロを6時間かけて走れば完走だ。
だがその前にすることがあった。
テントにいたスタッフに開口一番、
「お医者さんはいますか?」
スタッフに自分の症状を伝えた。
「熱中症かもしれないですね。」
スタッフの一人がそう言い、車が迎えに来るからここで休んでいなさいと言う。
リタイア?
それは嫌だ。
「リタイアはしたくないんですけど。」
「じゃあ、あそこの水で頭を冷やして少し休んでください。」
そう言われて、僕は冷たい天然水を頭からかぶり、日陰のあるテントで横になった。
「回復してくれよ。」
そう願って、しばしの眠りに入った。