Kカウンセラーと面談した翌日も、私はちゃんと会社に出社するのですが、何の仕事もできません
でした。
やるとしてもおおよそ新人でもできる仕事くらいでした。
周りの目が気になりましたが、課長は何も言ってきませんでした。
その次の日に、ようやくKカウンセラーから電話があり、2日後の3時にクリニックの予約が取れた
ので一緒に行きましょうと言われました。
私はよろしくお願いしますと言って電話を切り、すぐに課長に2日後の業務時間内にクリニックに
行きたいことを伝えました。
課長は無表情で、行ってきたらいいと言いました。
課長は、そして課のメンバーは私のことをどう思っているのかが気になってしょうがなかったので
すが、私としてもなすすべなく1日を過ごしていました。
家に帰っても、夕食を食べたらテレビを観る気もせず、部屋にこもっていました。
クリニックの診察日当日、Kカウンセラーに聞いた通り、Kクリニックは新大阪駅から徒歩5分の
雑居ビルの一階にありました。
Kクリニックの入り口で、Kカウンセラーが待っていたので、一緒にクリニックに入りました。
待合室は6人くらいしか座れなくて、雰囲気も無機質な感じでした。
30分くらいしてようやく名前を呼ばれて、Kカウンセラーとともに診察室に入りました。
Kカウンセラーの夫であるK医師は、実に物腰の柔らかくて、体格がいい人でした。
診察はほとんどがKカウンセラーが私から聞いた内容を伝えながら、それに対してK医師が私に
引っかかった事項について突っ込んで聞くという形でした。
結局、その場では私が父の自殺が原因で気落ちしていたところに、プレッシャーのかかる業務
に押しつぶされて、うつ病になったのではないかと判断されました。
そして、気分を落ち着かせる薬ということで1種類の薬を処方されました。
私は心の中で、父の自殺は自分の中でおおよそ整理がついていると思いながらも、なぜかしら
それをK医師に告げることができませんでした。
精神科医にあなたの診断は間違っているとは面と向かって言うのは、失礼に当たると考えてい
たのでした。
それからクリニックには毎週金曜日の午後に行くことになりましたが、状況は改善せず、とにか
く以前のように仕事ができるようにしてほしいと祈るばかりでした。
毎日誰かにあいつは何でろくに働きもせずに給料をもらってるんだと非難されているようで、自
分を責め続けていました。
かといってせっかくつかんだ高給の仕事を手放すことは、家族を一気に路頭の迷わすことにな
るので、それも受け入れがたかったのでした。









