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2009年12月25日から通い始めたM病院ではまだ若い30代と思われる女性の医師が担当になりました。
初回の診察は、K医師からの紹介状を見ながらのものでした。
私は現在のうつ状態が約1年半ほど続いているのでどうにかしてほしいと訴えました。
そこで初めて抗うつ薬アモキサンが処方されたのでした。

アモキサンは今処方されている抗うつ薬の中でも一番古い三環系と呼ばれるグループの中の1つで、
新しい抗うつ薬に比べると、副作用がてきめんに出る薬でした。
従って、ほとんどの精神科や心療内科ではあまり使われない薬でした。
私はこれまでいくつかの比較的新しい抗うつ薬を使ってきましたが、効果が表れなかったのでした。
ですからアモキサンという薬をネットで調べた時には、よくこんな古い薬を処方したものだとあきれてい
ました。
そして予想通り、口がやたら乾く、便秘になるという副作用が出始めたのでした。
しかし3週間後、2010年1月中旬にうつ状態がさっと消えてしまったのでした。
私はようやく地獄から這い出たような嬉しさが湧いてきたものの、これは躁状態の始まりかもしれない
という疑いはまだ残っていました。
いつも躁状態へ移行する場合では、金遣いが荒くなったり、会社を作ろうと動きだしたりするのですが
、いつまでたってもそういうやる気の感情の盛り上がりや愚行は現れませんでした。
3月頃には確信しました。
これは本当にうつと躁からの波を脱したのだと。
主治医からは、落ち着いたとしても、薬はやめてはいけないと言われました。
私はその通りに通院と薬の服用を続けました。
一方で私は、これから社会に復帰するうえで、必要であることが2つあると考えました。
その1つは体力でした。
毎日1時間のウォーキングと筋肉トレーニングを開始しました。

もう一つは、考え方の偏りを直すことでした。
これは妹の助けを借りて、不安に対する考え方を見直したり、目標の見つけ方についても教えてもら
いました。
また、認知行動療法の本を購入して、いろんなワークをすることで少しずつ偏った考え方を変えてい
きました。
そういった2つのポジティブな動きを始めている際に、三宮図書館の前に置いてあった社会保険労務
士養成講座募集のチラシを手に取りました。
社会保険労務士とはどんな職業かをネットで調べてみた時に、これだ!というひらめきがありました。
私は、早速その講座に申し込んだのでした。
約4か月間の講義はすべて夜間だったので、昼間は家で勉強を必死で頑張りました。
6月頃からは、息抜きに神戸YMCAが募集していた日本語ボランティアに参加し、フィンランドからの
留学生に日本語の応用について教えていました。
そして8月22日、社会保険労務士試験を受けました。
試験結果が出るまでにもう一つ、老人デイケアサービスのボランティアに行き始めました。
11月5日、ネットで試験結果の発表がありました。
残念ながら不合格でした。
きっぱり諦めて、職安が委託する職業訓練に行こうと思いました。
その中でCADを学べる講座があったので、それに申し込んだところ、無事参加できることになりました。
その講座は月曜日から金曜日までの午前午後と授業があったので、M病院の医師に土曜日の診察に
変えてもらえないかとお願いしました。
最初、医師はその手配をしてくれると約束したのだけれど、病院はそういう私情で診察日を変えるのは
認められないと言われ、医師からは紹介状を渡すから違う病院やクリニックに行ってほしいと言われま
した。
それでネットで調べて、歩いて15分の所にあるTクリニックを見つけ、初診の申し込みをしたのでした。
11月中旬、Tクリニックに行き、医師と話をしてみると、どうやら同年代らしく物腰も柔らかく、話もよく聞
いてくれそうだったので、そこでお世話になろうと決めました。
職業訓練が始まる前に、老人デイケアサービスのボランティアは惜しまれながら辞めました。
その後12月から、CADの基礎講座がスタートしたのでした。
★無料カウンセリングの募集は受付を終了しました。うつ状態で苦しむ方々からたくさん応
募がありました。ありがとうございました!
うつ状態克服カウンセラーのホームページ
https://www.utsujoutai.net/
第63話に続く