うつ状態で苦しむあなたを助けたいのです! -21ページ目

うつ状態で苦しむあなたを助けたいのです!

私が躁うつ病を発症して29年目になりますが、躁とうつの波にもまれて苦しみのどん底にいた状況から8年前にようやくうつ状態を克服し、躁うつ病を薬だけ飲んでいれば症状が出ない寛解に至りました。今度はあなたが寛解する番です。

3.心のフィルター

 

悲観的で、世の中や他人、自分の良い部分が見えない

 

例えば、女子学生が自分の容姿が悪いことばかりに目が行き、性格的に良い所が実感できない。

 

例えば、金儲けができる人が偉いと考える学校の先生が自分の職業の尊さがわかっていない。

 

このような考え方は、自分を無意味に卑下し、貶めることになり、前向きな姿勢になれません。

 

さてあなたは、こんな考え方をしていませんか?

 

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2.一般化のし過ぎ

 

たった一つの良くないことを根拠に、すべてを判断

 

例えば、陸上の短距離選手が、100m走を10本走って、1本がかなり遅かった場合、それだけを見て

今日の練習がダメだったと思う。

 

例えば、新人の営業マンが上司に電話対応の不適切さを指摘されたことで、自分が営業マンの資

質がないと考える。

 

このような考え方は、自分の良い所までも否定することになってしまい、自己肯定感が低くなり、敷

いては劣等感にさいなまれることになります。

 

さてあなたは、こんな考え方をしていませんか?

 

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うつ状態になることをいまだに、「気が弱い」「怠けてる」のせいだと考えている人がいます。

 

「気が強い」「きちんとしている」様な人でもうつ状態になる可能性はあります。

 

本日からお伝えする、考え方のクセを自分で気づき、それを変えることができたなら、あなたがうつ状態になる

可能性は極端に減ることでしょう。

 

つまり偏った考え方のクセを直すことがうつ状態の予防になるのです。

 

1.全か無か思想

 

物事を極端にとらえ、100%でなければ失敗と考える

 

例えば、学校のテストで100点を取らなければ、無意味であると考える生徒がいます。

 

例えば、売上目標が100%達成できなければ、無意味であると考える営業マンがいます。

 

このような考え方は、自分の努力を認めることができず、自分を責めることになってしまいます。

 

さてあなたは、こんな考え方をしていませんか?

 

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第63話に戻る

 

 

2017年5月、私は今はもう廃止されましたが「ご近所さんを探せ!」というコミュニティサイトで小説愛好会という

コミュニティを作りました。

 

そこに参加してくれた兵庫県明石市の男性と一緒に、明石でも有名な中華料理屋の焼きそばと老舗の店の明

石焼を食べに行きました。

 

その男性は占いを専業にしていて、私にも占いで食べていけばいいのにと言うのでした。

 

私は完全にその言葉に踊らされて、早速タロット占い、四柱推命、人相占いの本をアマゾンで購入しました。

 

なぜ3種類の占いをすることになったかというと、先の男性が最低3種類の占術を持ってた方が良いと教えてく

れたからでした。

 

でもいざ勉強してみたものの、どうやって集客すればいいのか見当もつきませんでした。

 

そこでネットで見つけたタロット占い通信講座を受講することにしたのでした。

 

そこにはアメブロで集客するとし、まずは無料占いを提供して、そこから本格占いに誘導するようにと教えてい

ました。

 

また、できるだけ専門性を付けた方がいいとされていたので、私はメンタルヘルス専門としました。

 

8月9日から毎日ブログを書くのは苦痛でしたが、何とか頑張ってみました。

 

すると無料占いの応募がちらほら来はじめました。

 

でもほとんどが無料占いどまりで、結局2件しか本格占いを受けることができませんでした。

 

しかし、無料占いでもメンタルヘルスについての悩みを聞くうちに、自分は躁うつ病であれだけ苦しんだ末に寛

解した経験があるのだから、うつ状態で苦しむ人たちを直接救えるカウンセラーになればいいのではないかと

思うようになりました。

 

しいては私自身が自死遺族であり、かつ自殺未遂者であることから、自殺予防対策のためにもなると考えたの

でした。

 

12月頃には、「うつ状態克服カウンセラー」という肩書きが決まりました。

 

一方ちょうどその頃、Facebookで知り合った同じ神戸の女性と親しくなり、毎日のようにラインのやり取りをして

いました。

 

2018年1月2日、私はその女性と神戸・三宮の生田神社に初詣に行くことになりました。

 

帰り道では言い出せず、その夜、ラインで付き合ってほしいと告白したら、OKをもらいました。

 

それから彼女とはいろんなところにデートに行き、楽しい思い出を作っています。

 

話を戻して、2018年1月には、WIXというホームページを安価に自作できるサイトで、「うつ状態克服カウンセラー」

のホームページを作り上げました。

 

その後本来個人用で使っていたアメブロを「うつ状態克服カウンセラー」のブログに作り変えました。

 

5月9日には、メルマガ「うつ状態を克服するためにあなたがすべきこと」を発行しました。

 

一方でFacebookの友達を急速に増やし、そこでブログやメルマガへの誘導を行ってきました。

 

しかしながら少ない成果しか上げられていないのが現状です。

 

リアルの起業相談やネットでの個人相談もしてみましたが、集客での突破口が見つからずにいます。

 

ですが、まだまだ諦めるつもりはありません。

 

きっとこの日本に、私の存在を必要としてくれる人がいると確信しています。

 

私の知らしめ方が悪いのです。

 

一日でも早く副業ではなく、本業になるように精進してまいります。

 

 

★64話の長きにわたり、読んでいただき、誠にありがとうございました。これからもこのブログで皆様と会えるこ

とを楽しみにしております。

もしよろしければ、最後までお読みになった感想をいただければ幸いであります。

これからも「うつ状態克服カウンセラー」の応援、よろしくお願い申し上げます。

https://www.utsujoutai.net/

 

 

 

第62話に戻る

 

 

2010年12月から始まった職業訓練は、意外にも少数で、若い人もいれば、私より年上の方もいるという

感じでした。

 

ところがカリキュラムをよく見てみると、肝心のCAD操作の実践講義が少なく、逆にインテリアの講義が

やたらと多かったのです。

 

ですからその訓練は2011年4月12日までで途中辞退し、代わりに工業CADの実践講座に参加すること

にしました。

 

ところが5月17日から新しい講座を受けてみると、私以外の人たちはCADの基礎的なスキルを持ってい

たのでした。

 

したがって毎回演習をするたびに、私がものすごく遅かったり、場合によっては正解にたどり着けないこ

とがありました。

 

徐々にフラストレーションがたまっていきました。

 

そうして途中でリタイアする道を選びました。

 

7月12日で、訓練を辞めることを事務局に伝えました。

 

残念でしたが、CADの技術は中途半端なものに終わりました。

 

その後、就職活動を開始し、職安に通ったり、ネットで仕事を探しました。

 

CADの基礎的な技術を使える仕事も探してはみたのですが、やはり実務経験がないと無理でした。

 

何社か面接を受けて、一番自分に合っていそうな職場に決めました。

 

それは、輸出貨物の様々な項目内容をチェックする業務でした。

 

ほぼ5年ぶりの仕事でしたので、慣れるまでが大変でした。

 

12月11日、一度はあきらめた社会保険労務士試験でしたが、やはりまたチャレンジしてみたくて、勉強を

始めました。

 

有料講座にも通わず、独学で、2年前より断然勉強量が少なかったのですが、頭にはすらすらと入ってい

く感じがしたのでした。

 

2012年の社会保険労務士試験も残念ながら不合格でした。

 

しかし私はどうしても社会保険労務士になりたかったのです。

 

決して諦めず2013年の試験も独学でチャレンジしましたが、やっぱり駄目でした。

 

2013年11月には、今ではなぜ選んだのか忘れてしまいましたが、2級ボイラー技士試験にチャレンジし、

見事に合格しました。

 

ボイラー技士で転職を考え、仕事を探しましたが、3交代制の仕事しかなく、あきらめました。

 

2014年、2015年、2016年にも社会保険労務士試験にチャレンジしました。

 

本当に惜しい時もありましたが、やっぱり不合格で、もう諦めざるを得ませんでした。

 

でもどうすれば今の職場から解放されて、本当に自分がしたい仕事ができるのかをずっと模索している

のでした。

 

 

★この私の人生ストーリーを読むと、私がなぜうつ状態に苦しむ人たちを救いたいのかをわかってくれる

はずです。そんな私が作ったホームページはダサいかもしれませんが、気持ちは込めています。

https://www.utsujoutai.net/

 

 

最終話に続く

 

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著者は、医師国家試験勉強中の最中に、助けを求めてきた親友にちゃんと対応できなかった。その親友は自殺してしまい、悔しい思いをすることになった。あとで親友が躁うつ病であることがわかった。 これを契機に精神医学に身を投じ、その中でも自殺学を極めようとした。 文献を読み込んでみると、海外の調査では、自殺者の90%以上が自殺時に精神障害の診断がつく状態であったことが明らかになっていた。日本ではそのような調査が全くされていなかったため、著者自身で1993年から94年にかけて東京都板橋区の帝京大学病院救命センターに運ばれた自殺者を対象にして、心理学的剖検調査を試みた。 その結果、東京での自殺でも90%近くが自殺時に精神障害の診断のつく状態であった。最多はうつ病で、二番目は統合失調症だった。 こうしてそれまで「日本では精神障害が関与しない、本人の理性的な決断による自殺が多いのではないか」という仮説は間違いだった。 この本が執筆された時はまだ日本の自殺者が3万人を超えていた時代であり、その後日本で心理学的剖検調査が行われたかどうかはわからない。 #張賢徳#本レビュー

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第61話に戻る

 

 

2009年12月25日から通い始めたM病院ではまだ若い30代と思われる女性の医師が担当になりました。

 

初回の診察は、K医師からの紹介状を見ながらのものでした。

 

私は現在のうつ状態が約1年半ほど続いているのでどうにかしてほしいと訴えました。

 

そこで初めて抗うつ薬アモキサンが処方されたのでした。

アモキサンは今処方されている抗うつ薬の中でも一番古い三環系と呼ばれるグループの中の1つで、

新しい抗うつ薬に比べると、副作用がてきめんに出る薬でした。

 

従って、ほとんどの精神科や心療内科ではあまり使われない薬でした。

 

私はこれまでいくつかの比較的新しい抗うつ薬を使ってきましたが、効果が表れなかったのでした。

 

ですからアモキサンという薬をネットで調べた時には、よくこんな古い薬を処方したものだとあきれてい

ました。

 

そして予想通り、口がやたら乾く、便秘になるという副作用が出始めたのでした。

 

しかし3週間後、2010年1月中旬にうつ状態がさっと消えてしまったのでした。

 

私はようやく地獄から這い出たような嬉しさが湧いてきたものの、これは躁状態の始まりかもしれない

という疑いはまだ残っていました。

 

いつも躁状態へ移行する場合では、金遣いが荒くなったり、会社を作ろうと動きだしたりするのですが

、いつまでたってもそういうやる気の感情の盛り上がりや愚行は現れませんでした。

 

3月頃には確信しました。

 

これは本当にうつと躁からの波を脱したのだと。

 

主治医からは、落ち着いたとしても、薬はやめてはいけないと言われました。

 

私はその通りに通院と薬の服用を続けました。

 

一方で私は、これから社会に復帰するうえで、必要であることが2つあると考えました。

 

その1つは体力でした。

 

毎日1時間のウォーキングと筋肉トレーニングを開始しました。

もう一つは、考え方の偏りを直すことでした。

 

これは妹の助けを借りて、不安に対する考え方を見直したり、目標の見つけ方についても教えてもら

いました。

 

また、認知行動療法の本を購入して、いろんなワークをすることで少しずつ偏った考え方を変えてい

きました。

 

そういった2つのポジティブな動きを始めている際に、三宮図書館の前に置いてあった社会保険労務

士養成講座募集のチラシを手に取りました。

 

社会保険労務士とはどんな職業かをネットで調べてみた時に、これだ!というひらめきがありました。

 

私は、早速その講座に申し込んだのでした。

 

約4か月間の講義はすべて夜間だったので、昼間は家で勉強を必死で頑張りました。

 

6月頃からは、息抜きに神戸YMCAが募集していた日本語ボランティアに参加し、フィンランドからの

留学生に日本語の応用について教えていました。

 

そして8月22日、社会保険労務士試験を受けました。

 

試験結果が出るまでにもう一つ、老人デイケアサービスのボランティアに行き始めました。

 

11月5日、ネットで試験結果の発表がありました。

 

残念ながら不合格でした。

 

きっぱり諦めて、職安が委託する職業訓練に行こうと思いました。

 

その中でCADを学べる講座があったので、それに申し込んだところ、無事参加できることになりました。

 

その講座は月曜日から金曜日までの午前午後と授業があったので、M病院の医師に土曜日の診察に

変えてもらえないかとお願いしました。

 

最初、医師はその手配をしてくれると約束したのだけれど、病院はそういう私情で診察日を変えるのは

認められないと言われ、医師からは紹介状を渡すから違う病院やクリニックに行ってほしいと言われま

した。

 

それでネットで調べて、歩いて15分の所にあるTクリニックを見つけ、初診の申し込みをしたのでした。

 

11月中旬、Tクリニックに行き、医師と話をしてみると、どうやら同年代らしく物腰も柔らかく、話もよく聞

いてくれそうだったので、そこでお世話になろうと決めました。

 

職業訓練が始まる前に、老人デイケアサービスのボランティアは惜しまれながら辞めました。

 

その後12月から、CADの基礎講座がスタートしたのでした。

 

 

★無料カウンセリングの募集は受付を終了しました。うつ状態で苦しむ方々からたくさん応

募がありました。ありがとうございました!

うつ状態克服カウンセラーのホームページ

https://www.utsujoutai.net/

 

 

第63話に続く

 

第60話に戻る

 

 

2009年8月29日から始まった入院は、うつ状態があまりよくならないまま、日々が過ぎていきました。

 

そんな折、毎日病院のデイケアに通っていた彼女から、電話がありました。

 

彼女は、何と妊娠したかもしれないと言うのでした。

 

私は何かの間違いじゃないかと言い、事情を聞いてみました。

 

すると彼女は、通常来るはずの生理が来ないというのでした。

 

確かに完璧な避妊をして行為に及んだわけではありませんでした。

 

しかしまさかという猜疑心しか浮かび上がりませんでした。

 

彼女は、電話口で動揺してしまって泣いているし、私も心配ではあったので、もうちょっと待ってみてどうしても

生理が来ないなら病院に行ってみてはどうかと言いました。

 

私は心の中で、妊娠するはずがないという気持ちが半分、妊娠していたらどうしようという気持ちが半分でした。

 

1週間後、彼女が見舞いに来てくれたので、会って話をしてみたら、あの電話後から5日後に生理が来たとのこ

とでした。

 

私はほっと胸をなでおろしました。

 

退院が1週間後に迫った私は、彼女に電話をして、彼女の家の近くの寺で待ち合わせをしました。

 

当日、いつもより化粧が濃い彼女に、別れてくれへんかと言いました。

 

私は今回の妊娠騒動が原因だと言いました。

 

本心は、うつ状態で彼女との付き合いが面倒になっていたことでした。

 

彼女は悲しそうな顔をしていましたが、納得したようにうなづきました。

 

そしてまだうつ状態から抜け出せたわけでもないのに、12月12日、退院することになりました。

 

退院前の最後の診察でK医師は、今後は電話での入院要請は受けないと言いました。

 

私もこれ以上K医師に負担をかけるのは忍びなかったので、わかりましたと答えました。

 

私は退院後に、もうTクリニックから入院施設のある病院に転院しようと決めました。

 

そしてネットで調べて、神戸市兵庫区にあるM病院に初診の申し込みを行ったのでした。

 

 

★昨日も無料カウンセリングを行いました。セッションをするたびに思うのが、人それぞれに本当に

様々な原因や背景があるのだということです。

いよいよ明日午後11時で、今回のボランティア企画は募集終了です。

http://utsujoutai.biz/

 

 

第62話に続く

 

第59話に戻る

 

 

折角慣れた滋賀県のK病院に3か月間入院し、少しだけうつ状態が収まった時点で、退院することになりました。

 

以前にもお話しましたが、急性期の入院は基本3カ月と決まっていて、それ以上入院するにはよほどのひどい症

状があるとか、家に戻れない事情があるなどの特別な理由が必要でした。

 

ですから完全にうつ状態が治っていなくても退院させられたのでした。

 

恐らくこういう処置は、病院にとっても有益なことでした。

 

入院患者の回転率が高いほど売り上げが良くなるのは明白でした。

 

私は、この入院で同じ双極性障害の10歳年下の女性と交際を始めていました。

 

やや遠距離恋愛は、彼女の調子が不安定で、あまりうまくいきませんでした。

 

でも何回かは私が彼女の家に行ったり、彼女が私の家に来たりもしました。

 

ただ私はまだ生活保護の状態でしたし、彼女も実家から仕送りをしてもらっている関係で、頻繁にデートをするこ

とができなかったのでした。

 

その当時はまだスマホもないですから、LINEの様に無料で連絡を取り合える手段もなかったので、電話をする際

にも料金のことを気にしながら話をしなければなりませんでした。

 

そんな中でも退院して2か月後には再度うつ状態が悪化しました。

 

また希死念慮が湧いてきて仕方ありませんでした。

 

しかしもう体を切り刻むことの儚さは十分にわかっていたため、そういう行為には至りませんでした。

 

2009年8月、私は何とか今の状況から抜け出したくて、また大量服薬をしてしまいました。

たまたまその20分後に彼女から電話がありました。

 

私が胃が気持ち悪くてげっぷをしているのを聞いて、彼女が異変に気が付きました。

 

私は正直に彼女に大量服薬をしたことを告げました。

 

すると彼女は、救急車を呼ぶと言って電話を切りました。

 

20分後、本当に救急隊から電話があって、もうすぐ着くからドアの鍵を開けておいてくれと言いました。

 

救急隊が家に入ってきて、救急車に乗せられて救急隊員と一言二言話したところまでは記憶にあるのですが、

そのあとは眠ってしまったようでした。

 

起きた時には、看護師が点滴を外そうとしているときでした。

 

看護師は、もう帰っていいよと言いました。

 

家に帰るときにようやく自分が神戸中央市民病院に連れてこられたことがわかりました。

 

精算は、自分が生活保護であることを告げて、病院職員が区役所に電話で確認して終わりでした。

 

あまりにも部屋着が恥ずかしくて、電車で帰るのを諦めて、タクシーで帰りました。

 

その夜、K病院に電話をして、K医師に再度入院したい旨を伝えました。

 

今回K医師は若干困ったような口調でした。

 

前回の入院で、私に便宜を図ったことをスタッフに注意されたそうでした。

 

でも入院の手配はすると約束してくれました。

 

8月29日、私がK病院に到着して、K医師が発した言葉はこうでした。

 

「前回は本当にしんどそうだったけれど、今回はそれほどしんどそうじゃないね」

 

私は、苦笑いを浮かべるしかありませんでした。

 

こうして10回目で、しかも最後の入院が始まったのでした。

 

 

★Facebookではボランティアを名乗っているが怪しいと言われましたが、私は純粋にお金に困っていて、

うつ状態で苦しんでいる人たちのために無料でカウンセリングを行うだけなのです。

17日午後11時までが募集期間です。

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第61話に続く

 

第58話に戻る

 

 

2008年11月に入院した兵庫県明石市にあったK病院は、狭くて暗い病院でした。

 

担当医師は、就寝時によくわからない粉薬を2種類追加しました。

その薬のせいで、朝起き上がれないほどの倦怠感があったのでした。

 

診察時に、医師に就寝時に加えた薬は何かと尋ねたら、精神安定薬だと答えました。

 

また、病院の風呂は決まった時間にしか入れず、しかもスタッフの監視付きでした。

 

それが非常に不愉快でした。

 

入院患者は比較的若い人が多く、何人かとは話もしました。

 

しかし就寝時に加えられる薬が怖くなって、また逃げようと思いました。

 

入院して2週間後の診察時に、抗うつ薬が効いてよくなりましたと嘘をついて退院を申し出たのでした。

 

退院して自宅に戻ってみると、やっぱり自分は滋賀県のK病院しか合わないのかなぁと思いました。

 

次のTクリニックでの診察時に、逃亡したことを伝えると、T医師の方から、君は滋賀県のK病院に慣

れきってしまっているんじゃないのと指摘されました。

 

私は、戸惑うことなく、そうですと答えました。

 

するとT医師は、K病院に電話して入院させてもらったらいいじゃないと言いました。

 

私は、驚いて聞き返しました。

 

「電話で入院希望を出して入院させてもらえるものなんですか?」

 

「院長が元担当医だったんならいけるんじゃない?」

 

T医師は、何の問題もないという風に答えました。

 

私は、電話でお願いしてみますと言い、診察室を出ていきました。

 

自宅に帰って、夕方6時くらいを狙って、滋賀県のK病院に電話をかけ、自分の名前を告げ、院長を

お願いしますと言いました。

 

5分ほどして懐かしいK医師の声が聞こえてきました。

 

2度の自傷についてやら、紹介された病院を逃亡した事情を話して、ぜひK病院に入院させてほしい

と言いました。

 

K医師は、意外にもこう答えました。

 

「本当はいけないことだけど、院長の権限で何とかしてみるよ」

 

そしてベッドの空きが出た時点で電話をもらえることになりました。

 

そうしてその年の12月の中旬に、滋賀県のK病院に入院することができたのでした。

 

これが何と通算9回目の入院でした。

 

 

★アメブロの中で探してみても、うつ病専門カウンセラーが私が見つけただけでも3名はいました。

私はうつ病だけではなく、双極性障害のうつ状態にも対応します。

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第60話に続く