うつ状態で苦しむあなたを助けたいのです! -13ページ目

うつ状態で苦しむあなたを助けたいのです!

私が躁うつ病を発症して29年目になりますが、躁とうつの波にもまれて苦しみのどん底にいた状況から8年前にようやくうつ状態を克服し、躁うつ病を薬だけ飲んでいれば症状が出ない寛解に至りました。今度はあなたが寛解する番です。

10.善意あふれるヤブ医者ぐらいはた迷惑なものはない

 

大体において、精神科医というものは、優しい人ばかりです。

 

あのテレビのコメンテーターの様に攻撃的な人はいません。

 

精神科医は、「気が優しくて、力もなし」。

 

草食系そのものです。

 

そして、皆、「患者さんのお役に立ちたい」「あなたの笑顔が見たい」、そんな思いで一杯です。

 

だから、患者さんが「眠れない」と言えば、「うん、うん、そうか。眠れないのですね。それはお気の

毒だ。では、よく眠れるお薬を出しましょう」、そういって睡眠導入剤を出してくれます。

 

患者さんが「不安だ」と言えば、「うん、うん、そうか。不安なのですね。それはお気の毒だ。では、

不安を抑える薬を出しましょう」、そういって抗不安薬を出してくれます。

 

患者さんが「憂うつだ」と言えば、「うん、うん、そうか。憂うつなのですね。それはお気の毒だ。で

は、憂鬱を抑える薬を出しましょう」、そういって抗うつ薬を出してくれます。

 

さらには、患者さんが「イライラする」と言えば、「うん、うん、そうか。イライラするのですね。それ

はお気の毒だ。では、イライラを抑える薬を出しましょう」、そういってムード・スタビライザー(気分

安定薬)を出してくれます。

 

何と優しいことでしょう!

 

これこそまさに精神科医。

 

患者さんに対する思いやりと優しさにあふれています。

 

でも、思いやりだって、優しさだって、それが思慮を欠いたまま発揮されれば、危険極まりない。

 

結局、今日の精神科薬漬け問題というものは、それが精神科医の、悪意ではなく、善意に基づい

ているからこそ、根が深いのです。

 

善意から行っていることである以上、処方する医師の側には「悪いことをしている」という意識は全

くありません。

 

あるわけないのです。

 

だって、彼、彼女は「良いことをしている」と思っているのですから。

 

精神科医の中には、薬漬け処方を批判されても一向に改めない人がいます。

 

申し訳ないという意識もなければ、反省することも決してありません。

 

だって、「私は何としても患者を救うのだ!という使命感に満ち溢れているからです。

 

「薬を出すしか能がない」というのは、精神科医の技量としては最低です。

 

およそ精神科医の名に値しないといっていいでしょう。

 

でも、この技量の劣った精神科医が、それにもかかわらず、「もっと良いことをしよう」と意気込みま

す。

 

善意の塊が、その善意を振りまこうとするからこそ、困ったことになるのです。

 

しかし、善意というものは、決して技量の不足を補うことはできません。

 

それどころか、善意あふれるヤブ医者ぐらいはた迷惑なものはないのです。

 

 

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9.薬漬けへの道は善意で敷き詰められている

 

加えて、そこには、「患者さんを手ぶらで返すわけにはいかない」という精神科医の意識も働いています。

 

これも医者の習性の一つですが、「人の役に立ちたい」という奉仕感情だけは人一倍、持っています。

 

「患者さんの役に立ちたい」「助けてあげたい」「直してあげたい」、でも、できることと言えば、薬物療法だ

け。

 

となれば、善意の塊の精神科医としては、助けてあげたい一心で薬を出すわけです。

 

ここのポイントは、最も大切なところですから、皆さまはぜひご理解いただきたいと思います。

 

よくテレビ番組などで、向精神薬乱用問題が取り上げられる時、コメンテーターが精神科医の金儲け主

義を批判します。

 

コメンテーターというものは、皆さん、「正義の味方」ですから、その立場から「悪の権化」として精神科医

をやっつけようとします。

 

そして、「患者が薬漬けになるのは、金儲けしようとしている精神科医が悪いのだ」という、誠にわかりや

すいストーリーを語るわけです。

 

でも、事態はこの「正義の味方」のコメントほど単純ではありません。

 

精神科医たちは、金儲け主義とか、「患者を薬の副作用で苦しめてやれ」というような悪意から薬を出す

わけではありません。

 

善意です。

 

善意からこそ薬を出すのです。

 

かつて、イギリスの文学者サミュエル・ジョンソンは「地獄への道は善意で敷き詰められている」と言いま

したが、まさにその通りです。

 

薬漬け問題が深刻なのは、それが、他でもない善意からなされるからです。

 

精神科医はみな奉仕感情に基づく善行のつもりで、薬を次々に出しているのです。

 

 

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8.薬を出す以外に脳がない精神科医

 

前回話したことが精神科外来における日常風景です。

 

この風景の一番の不幸は、健康人の「悩み」に対して、精神科医の多くは、できることがたった一つ

しかないという点です。

 

薬を出すこと、それだけです。

 

「薬を出すしか能がない」のです。

 

悩める健康人が本当に求めていることは、自分の語る言葉に真摯に耳を傾けてもらい、具体的な

助言なり指導なりを受けることです。

 

「薬の自動販売機」なんか求めていません。

 

本当に必要なのは精神療法です。

 

精神科医がすべきことは、機械的に薬を出すことなんかではなくて、言葉のやり取りを通じて患者

の抱える問題を整理し、指示と助言を与えることです。

 

ところが精神科医の多くは精神療法ができません。

 

精神科医の養成システムには致命的な欠陥があって、大学病院には精神療法を教えられる教師

がほとんどいません。

 

教授ですらそうです。

 

今日の精神科教授の中で、精神療法を自信を持って語ることのできる人は極めて少数です。

 

教師陣がこの程度ですから、多くの精神科医は、事実上、薬物療法しか学ばないで成長していき

ます。

 

精神療法は教わったことがないのだから、できるはずがありません。

 

だから薬を出すしかないのです。

 

これこそが薬物療法偏重の原因です。

 

「薬漬け」という批判があるのは、至極当然だと思います。

 

精神科医の多くは、実際に薬を使う以外の手立てを持っていないのですから。

 

 

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7.「健康な悩み」もビョーキ

 

実際、精神科の場合、かつては自らの意志で訪ねていく人は多くはありませんでした。

 

「俺は病気じゃないよ」などと言いながら、両脇を家族につかまれるようにして、半ば強引に連れて

いかれる人が少なくなかったわけです。

 

しかし今日は違います。

 

精神科を訪れる人の多くは、自らの意思でそうします。

 

この忙しい現代社会で日々、戦い、敗れ、疲れ果ててしまった人たちで、一体自分に何が起きた

のか、起きているのか、見失ってしまった自分の姿を確認したくて外来に行くわけです。

 

この人たちは、都会という戦いの場で刀折れ矢尽きて、途方に暮れている人たちですが「正気を

失っている」とは到底言えません。

 

自らの意思で行く人のほとんどは「悩める健康人」であって、本来、病気の範疇に組み込まれるべ

き人ではありません。

 

しかし医者というのは、そもそも「人を見たら病気と思え」が職業的本能ですし、多く訪ねて行った

らどうなるかは、火を見るよりも明らかです。

 

多くの精神科医は、まずこう考えます。

 

「この人は理由があってここに来た。その理由はきっとうつだろう」

 

そして、予断に満ちたその前提のもとに、落ち込んでいないか、眠れているか、興味・関心が落ち

てはいないか、食欲は落ちていないか、などと例の操作主義診断に基づくパターン化した質問を

順番通りに行うわけです。

 

診察室に訪れる方々は、日々の戦いに疲れた人たちです。

 

たちまち丸が5つ以上つきます。

 

そして、精神科医は言います。

 

「うつ病ですね。お薬を出しましょう」

 

もし。「症状が5つ以上、2週間」の条件を満たさなかった場合はどうなるか。

 

その場合は、大うつ病まで至らない「適応障害(うつ状態)」もしくは「気分変調症(うつ状態)」と診

断されて、やはり抗うつ薬が出てくるでしょう。

 

抗うつ薬は、「うつ病」のみならず「うつ状態」にも使ってよいというのが保険診療のルールですの

で、それが有効であるかどうかには関係なく、保険診療が許容する通りに抗うつ薬が使われるこ

とになります。

 

悩める健康人が自ら進んで精神科を訪れる場合、本人としては「病気にしてください。うつ病と診

断してください。薬を出してください」-そう頼むつもりではなかったはずです。

 

でも。結果はそうなります。

 

必ずや、「うつ病」もしくは「うつ状態」と診断され、抗うつ薬が出てくることでしょう。

 

 

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6.人を見たら病気と思え?

 

疾患概念の混乱を嘆いても仕方がありません。

 

今日「うつ病」とされる人の大半が、かつてならうつ病とされなかった人たちであるにしても、今更この多数

派を「本来のうつ病にあらず。どうぞ、お引き取り下さい」とは言えません。

 

問題は、この人たちに精神科医としてどう応対するかなのです。

 

一口にうつ病やうつ状態といっても患者さんの症状は多種多様です。

 

対処の仕方も違えば、治療の方法もまちまちです。

 

ところが、操作主義診断というものは、その方法で診断すれば均質な群が得られるという前提に立ってい

ます。

 

万国共通の方法で診断すれば、世界中どこでも、同一かつ均質な患者集団が得られると主張しているわ

けですが、もちろん、こんなことは何の根拠もありません。

 

実際はその反対で、操作主義的方法で診断しても、そこに含まれる患者さんは、実に多種多様で、到底

生物学的に均質とはみなせそうにない人ばかりなのです。

 

操作主義的診断が根拠なき均質性の前提の立っていることに加えて、さらに悪いことには、「健康人」と

い概念がありません。

 

これは、操作主義だけの責任ではなく、精神医学だけの問題でもなく、そもそも医学一般には「健康」の

概念はありません。

 

医学は病気の定義を山ほどしていますが、教科書のどこを見ても「健康とは何か」は書いてないのです。

 

では医学部生たちは何を学ぶのかといえば、ひたすら病気を学ぶのです。

 

例えば精神医学の教科書を見れば、統合失調症とかうつ病とかパニック障害とか認知症とか精神科臨

床の全分野の病気が網羅されています。

 

医学部生は心の病気のカタログを前に、こういう人はどの病気に分類されるのか、そればかりを来る日

も来る日も学ぶわけです。

 

このため、「人を見たら病気と思え」が習い性になってしまいます。

 

いわば、職業病です。

 

だから、あなたが精神科を訪ね、診察室の椅子に座った瞬間、医者はこう考えます。

 

「この人はどの病気だろうか」と。

 

診察室に入ってきた、椅子に座った、この瞬間、医者の頭の中には「この人は健康かもしれない」という

意識は吹き飛びます。

 

「どの病気なのか」だけがもっぱらの関心事となります。

 

診察室の椅子に座ることを持って、病気とみなすー。

 

それは。医学、とくに精神医学の一番よくない点であり、医者という職業の最も危険なところでもあります。

 

その意味ではあまり安易に医者に近づかない方がいいのかもしれません。

 

 

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5.新病名が次々に登場

 

うつ状態であることは間違いないが、本来の「うつ病」とまではいえない人たちがどんどんうつ病

にされました。

 

この人たちは、本来の「うつ病」の人よりも数だけいえば圧倒的多数派です。

 

本来の「うつ病」は、もはや片隅に追いやられ、新参者に追い出された先住民族のような存在に

なってしまいました。

 

そして、新参者をめぐっては「新型うつ病」、「現代型うつ病」等奇妙な新病名が次々と登場し、精

神科臨床の現場は「あれもうつ病、これもうつ病」の色とりどりのうつ病の百花繚乱の様相を呈

するに至っています。

 

付言すれば、臨床現場の混乱は、うつ病だけではありません。

 

後述する双極性障害(躁うつ病)は最たるものですし、自閉症圏もその渦中にあります。

 

自閉症圏では、例えば注意欠如多動性障害(注意欠如多動症)が「神経発達症候群」というあい

まいなカテゴリーによって、自閉症圏と同居させられています。

 

発達障害については病気か個性かの議論すら決着がついていません。

 

これらの混乱の背景には、DSMが疾病概念の膨張をもたらしたという点がありそうです。

 

 

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4.「ノイローゼ」(神経症)」の抹消

 

1980年代の初め頃まで、うつ病というのは遺伝や体質などが原因とされる内因性のうつ病と、心理的

なストレスや精神的な葛藤が原因とされる心因性の抑うつ状態とにわけて論じられるのが一般的でした。

 

ところが80年代に入って米国精神医学会は、DSM-Ⅲの操作主義的診断を導入することで、原因による

分類・定義である内因性と心因性の区別をなくしてしまいました。

 

それまでは、「ノイローゼ(神経症)」という概念がありました。

 

米国の精神分析系、精神療法系の医師たちが好んで使う概念で、それは、うつ病とイコールであるとは

考えられていませんでした。

 

しかしDSM-Ⅲで内因性と心因性の区別がなくなり、「ノイローゼ」の概念そのものが消えてしまいました。

 

これは、ある時点で「ノイローゼ(神経症)」患者が忽然と姿を消したわけでなく、むしろ、概念自体が抹消

されたためです。

 

生物学的精神医学、つまり脳の研究をしている人たちが、精神分析を行う心理学的な精神医学の人たち

を追い出してしまったからです。

 

ノイローゼという概念は、科学によって否定されたのではなく、米国精神医学会の、いわば業界内クーデ

ターによって葬り去られてしまったのです。

 

英語圏の精神医学では、ノイローゼのことを、大雑把にマイナーデプレッションと呼ぶこともあります。

 

メジャーデプレッション(大うつ病)まで行かない抑うつ状態という意味です。

 

これは操作主義診断体系において「適応障害」や「気分変調症」などと呼ばれているものに相当します。

 

つまり、従前であれば、うつ病とはみなされなかったノイローゼが、マイナーデプレッション(抑うつ状態=

適応障害もしくは気分変調症)と名前を変え、うつ病圏のグレーゾーンに取り込まれてしまったわけです。

 

今日うつ病とされる人の大半は、適応障害や気分変調症などのグレーゾーンに位置しています。

 

大うつ病にしても、その症状は軽度にとどまる「軽症大うつ病」の範疇に過ぎません。

 

この人たちは悩みを抱えてはいるものの、その本質は「悩める健康人」であり、医者たちが例の「5つ以

上、2週間」という診断基準を当てはめさえしなければ「うつ病」とは診断されなかったはずの人たちです。

 

操作主義以前の精神医学の伝統的な基準に従うならば、「ノイローゼ」にすぎません。

 

昭和時代ならそう呼ばれたでしょうし、明治・大正期なら「神経衰弱」と呼ばれて、夏目漱石などもよく陥っ

ていたものです。

 

いずれにせよ、これを全部「うつ病」と呼ぶことはいささかオーバーであり、先述した通りの身動き一つでき

ないような重度の状態たる「うつ病」と同じカテゴリーに組み込むことは、勇み足であると言えます。

 

 

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