2006年9月から通い始めたFクリニックには、デイケアが併設されていました。
デイケアとは、いろんな精神疾患を抱えた人たちが、スタッフの指導下、主に生活のリズムを取り戻すことを
目的として、月曜日から金曜日まで、午前と午後に料理や運動、心理トレーニング、ゲームなどを自分の好
きな曜日や時間を選んで参加できるプログラムです。
私は当時は入院もした後でお金がなかったことから、うつ状態でも働きに行くことを選択しました。
そこでとある会社にアルバイトとして就職しました。
その会社は古い地図をコンピュータ上に起こして、余計な部分を削除していく業務をしていました。
うつ状態で頭の回転と手の動きが遅い私は、しょちゅう若い女性社員に作業が遅い、作業が不十分と怒られ
ながら何日か過ごした後、そのポジションから外され、古い地図を整理する業務に回されました。
でもその会社に行くこともつらくなって10日程度で辞めてしまいました。
その次に、神戸のルミナリエ期間中の警備員の短期アルバイトに行きました。
とても寒かったのですが、やることは柵の設置と撤去、お客さんの移動中は声を張り上げて誘導したり、トイ
レへの案内といった単純作業でしたので、うつ状態でも期間中1日も休むことなく、勤め上げることが出来ま
した。
年が変わって2007年になり、「無印良品」を扱う倉庫会社に派遣として雇われました。
最初、ベルトコンベアーから流れてくる行き先付きの荷物を専用の行き先ごとの台車の載せていく仕事を任
されました。
でも7か所ほどある行き先ごとの台車に、大きさがまちまちの荷物が流れてくるために、どう台車に乗せてい
くか悩んでいる間に、どんどん荷物が詰まることになってしまいました。
やっぱりうつ状態で頭はうまく回らないのでした。
3日間、ドタバタした結果、責任者の方に、その担当から外してほしいと言いました。
そしたら上の階に行ってくれと言われて、行ってみると、そこでは男性陣が段ボール箱から品物を出し、女性
陣がピッキング(品物を行き先ごとに分けていく作業)を行っていました。
そこでも要領を近くの人に聞いても、ちゃんと教えてくれず、見よう見まねで作業をしていました。
やっぱりうつ状態でコミュニケーションが取りづらくなっていたのでした。
そこでも5日間ほど、右往左往して疲れ果ててしまいました。
そして結局辞めてしまうことになったのでした。
診察でF医師に今の自分ではまともに働けないことを話すと、生活保護の申請をしてみようということになりま
した。
初め、生活保護に対して抵抗はありましたが、背に腹は代えられない状況に追い込まれていました。
そうして6月に生活保護の認可が下りて、初めての支給が振り込まれました。
これでなんとか家に住んで、最低限のものを食べられると安心したものでした。
その後、F医師から徐々にデイケアで過ごしてみないかと提案されました。
私はあまり知らない人の集まるところには行きたくなかったのですが、1日中寝て過ごすのもよくないと思い、
最初は週2回からデイケアに行くことを決めました。
デイケアに行き始めると、いろんな病気の人がおり、なかなか打ち解けることができませんでした。
プログラムにも集中できず、ただ時間に流されているだけでした。
そしてついにはデイケアに行くことさえもやめてしまったのでした。
F医師は今の状況では、入院した方がいいのではないかと言いました。
ところが私はこれまでK病院にしか入院したことがなく、F医師が紹介する病院に入院することが怖かったの
でした。
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