私の人生ストーリー第55話~6回目の入院と引っ越し~ | うつ状態で苦しむあなたを助けたいのです!

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私が躁うつ病を発症して29年目になりますが、躁とうつの波にもまれて苦しみのどん底にいた状況から8年前にようやくうつ状態を克服し、躁うつ病を薬だけ飲んでいれば症状が出ない寛解に至りました。今度はあなたが寛解する番です。

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2006年3月、6回目の入院も変わらず、滋賀県のK病院でした。

 

入院時に、妹にユウキを預けることになりました。

 

旦那は犬嫌いだったけれど、子供たち4人が頑張って世話をするという約束をしたので、妹はユウキを飼う

決意をしたのでした。

 

もし子供たちがきちんと約束しなかったら、妹はユウキを保健所に引き渡すつもりだったそうです。

 

もう気軽にはユウキと会えないと思うと、悲しかったのですが、妹には感謝をしました。

 

入院していつもは1カ月くらいでうつ状態が和らぐのですが、今回は一向に快方に向かうことはありません

でした。

 

この頃には、急性期の入院の期限は3カ月と決められていて、継続して入院するには別の手続きが必要な

のでした。

 

入院して1カ月半が過ぎようかとしている頃、妹が見舞いに来てくれました。

 

そこで、私が神戸市北区に住んでいて、神戸市中央区に住む妹が様子を見に行くことが大変なことから、

妹は私に妹の自宅から近いところに引っ越さないかと聞いてきました。

 

私は、引っ越すこと自体が面倒で答えを渋っていたら、全面的に協力するからと妹は言ってくれました。

 

それならということで私の引っ越しが決まり、私が入院している間に、妹が物件を探しておくことになりまし

た。

 

6月、うつ状態がまだ回復していないにもかかわらず、私は退院することになりました。

 

7月に入って、妹と妹が探してきた2件の賃貸マンションの下見に行きました。

 

結局、家賃が安くて、妹の自宅からも見える距離にあるマンションに引っ越すことが決まりました。

 

うつ状態で引っ越しの準備をすることがしんどかったのですが、引っ越し先に持っていかない大きな家具

を捨てるのに、神戸市環境局に電話をして印をつけ、妹の旦那に手伝ってもらい、ゴミ捨て場に運搬しま

した。

 

引っ越しは、お金もないので業者には頼まず、私と妹と妹の旦那の3人で行うことにしました。

 

しかし、当日うつ状態でどうしても動けず、1回目の運搬で引っ越し先にいた妹に役割分担を変わってもら

いました。

 

きっと妹は私が住んでいた家で何を捨てて、何を捨てないかという判断を瞬時にしないといけなかったと

思います。

 

私はただ妹と妹の旦那が運んでくる荷物を設置するだけでした。

 

妹の旦那は、大変だったと思います。

 

エアコンの取り外しまでしてくれていましたし、軽のボンゴで何往復もしなければならなかったのでした。

 

引っ越しが終わって10日後くらいに、以前住んでいた神戸市北区の公団住宅の査定に立ち会いました。

 

指摘されることはわかってましたが、ユウキの小便の跡と臭いをなくすのに返還金から5万円ほど差っ引

かれました。

 

引っ越ししてからは、1週間に1度のペースで、妹が家に様子を見に来てくれました。

 

しかしうつ状態はなかなか快方に向かわず、新大阪にあるK医師のクリニックに行くのもつらくなってきた

ので、9月の診察日には、K医師に地元のクリニックに転院したいと告げました。

 

そうして17年間お世話になったK医師ともお別れするつもりでした。

 

家から歩いて20分ほどのところにあったFクリニックへ紹介状を持って訪れたのは、9月も終わろうかとい

う頃でした。

 

 

★私は躁うつ病で苦しんでいた時、自分と同じ病気で苦しんでいたけれども寛解した人の話を聞いてみ

たいと思っていましたが、実際そんな方との接点はどこにもありませんでした。

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第56話に続く