私は指定された待ち合わせ場所である、学生課の掲示板の前でその人を待っていました。
「君、カン君だよね?」
声の方に振り向くと、いかにも朝鮮人らしい顔をした人がニコッと笑っていました。
「はい、そうです」と答えると、
「生協で少し話をしようか?」とKさんは言いました。
生協の食堂に着くとKさんは、
「飲み物買って来るから、そこに座ってて」と言いました。
(一体、どんな話なんだろう)と思いながら、窓の外の行き交う人たちを眺めていました。
「お待たせ!」と言いながら、Kさんは紙コップを2つテーブルに置きました。
「さて、君は神戸朝高を出たんだから、遠回しに話すことはしないよ」とKさんは前置きしました。
「僕は、朝鮮歴史研究部というサークルの部長をしているんだが、このサークルというのが裏の
顔は在日本朝鮮人留学生同盟という朝鮮総連の下部組織なんだよ」
「えっ!そうなんですか」
「それで君にもぜひ朝鮮歴史研究部に入って活動してもらいたいんだけど、どうかな?」
「具体的にはどういう活動をしているんでしょうか?」
「うん、まずは在日朝鮮・韓国人の学生を探して、コリアンとしての自負を持ってもらい、朝鮮語
や朝鮮の歴史を学んでもらうというのが大まかな活動かな」
「なるほど。まずは一度サークルのメンバーと会ってみて、それからどうするか決めたいと思い
ます」
そうして次の約束をした後、Kさんとは別れました。
数日後から授業が始まりました。
電子工学科には108名の学生がいて、女子は3名しかいませんでした。
授業が終わると、もうすでに仲間が出来ているようでした。
不思議に思った私は、横の席の男性に聞いてみました。
するとその集団は、関大第一高校の連中だということがわかりました。
横の席の男性が、私のことに関心を持ったのか、引き続き話しかけてきました。
「僕は神戸市垂水区から来てるんだけど、君はどこから来てるの?」
「僕は明石市大久保町から来てるんだよ」
「なんだ、結構近いじゃないか」ということで、いろいろと話が盛り上がりました。
この男性が卒業まで仲良く過ごした一番の親友H君でした。彼は話題が豊富で、人を笑
わせるのが好きな子でした。
しばらくすると、H君が仲良くなっていた4人を含め、6人グループが形成されていました。
奈良のI君は体は大きいけど、優しい子で、伊丹のS君はきゃしゃな体だけど、ツッコミも
ボケもうまい子で、東大阪のT君は夜は居酒屋でバイトしていたにこやかな子で、南大阪
のT君は沖縄系の顔をしたのんびりした子でした。
昼休みにはいつも6人で集まりご飯を食べ、つまらなくて出席をとらない授業は、ずる休み
をして関大通りの喫茶店でしゃべっていました。
一方、朝鮮歴史研究部の部室に顔を出した私は何人かの先輩を紹介してもらい、いろん
な話をしていくうちに彼らがずっと日本の学校に通い、朝鮮の人や言葉、そして歴史や文
化に触れることなく過ごしてきたにもかかわらず、大学から変わったという話を聞き、感銘
を受けました。
そして私も朝鮮歴史研究部の一員になることを決意したのでした。
