「ボン・ジュール、ブ・ザ・ベェ・ビャン・ドゥル・ミー? 」
陶磁器が並び額縁が飾られた和風の建物から、男性の声が聞こえてきた。
仏語で「こんにちは、よく眠れましたか? 」。
声をかけていたのは、インターナショナルカフェ「梵恩舎」(ぼんおんしゃ)店主、柘植 (つげ)健(たけし)(32)だ。
真言宗 の開祖、空海が開いた修験地の和歌山県・高野山 。
目抜き通りにあるこの店には、リュック姿の外国人観光客が吸い寄せられるように入っていく。米国から来た家族によると、「高野山 に来たらここに寄り、いろいろ聞きなさい、とガイドブックに書いてある」という。
古美術品店と見間違いそうなたたずまい。店名の「梵恩舎」は、仏の慈愛が受けられる場所という意味だ。
「この町は居心地がいいですよ」。ヒッピー のような風貌の柘植 がココアをかき混ぜながら笑う。
彼は中国、仏、伊、英、日本の5カ国語が話せる。外国人旅行者の間で店の存在が口コミで広がり、梵恩舎は外国人にとって「道の駅」になっている。
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柘植 は横浜で育った。子供のころから思ったことはすぐ行動に移す性格だった。
平成7年、18歳ときにチラシ配りをしていると、その隣では同年代の人たちが阪神淡路大震災 の被災者のために募金を集めようと声をからしていた。
「おれは、なんて無能なんだ」
翌日、バイトをやめ神戸に向かった。3カ月のボランティアで僧侶と仲よくなり、「お前は中国に行くといい」と言われた。
チベットに行きたかったが入国制限があった。それでもできるだけチベットの近くに行きたいと19歳のとき、雲南省 に渡った。
宿のルームメートはイタリア人。梵恩舎で出すコーヒーの入れ方は彼から教わった。
地下道で老人が中国の楽器、二胡を弾いているのを聞き、「風のような音だ」と感動した。自分も二胡を買って学んだ。
二胡の路上演奏をしながらの放浪生活 で、金が底をつくと日本に戻り1カ月間 のバイト漬け。再び中国に戻り、フランスやイタリア、スペイン、米国…と世界中を回った。
24歳でフランスの女性と結婚したが、定職につかない彼は愛想をつかされた。離婚裁判で落ち込んでいたとき知り合ったのが、現在の妻で口琴奏者のベロニカ(29)だった。2人でパフォーマンスをしながら欧州と米国を回った。
11年間にわたる放浪生活 に終止符を打ったのは2年前。妻、1歳になったばかりの長女、まやな(3)とともに叔母の葬儀に出席するために帰国した。
「小さい子供もいるし、日本で暮らすのもいいかな」
親子3人で鹿児島から自家用車で、桜前線 とともに北上する旅を計画した。車のなかで寝泊まりしながらストリートで二胡を演奏し、日銭を稼いでいた。
高野山 に着いたその年の4月。季節はずれの大雪に、ベロニカは「寒すぎる。車じゃ寝むれない」と怒った。知り合った僧に「寺に泊まったらいい」と言われ、初めて車以外で寝た。
「外国人観光客も多いし、ここに住むのもいいだろうと思いました」
そして、これまでの生活を振り返り、「この町は僕みたいな変わり者でもすぐ仕事をくれた。中国で赤痢で死にかけたときに自分は現地の人に助けてもらった。今度はぼくが多くの人に恩を返す番です」と語る。
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「オン アビラ ウンケン バサラ ダトバン」
高野山 にある無量光院の外国人僧侶、クルト・キュブリ・厳蔵(げんそう)(53)は日本の僧侶と変わらない、流暢(りゆうちよう)なお経を読む。
スイス・チューリヒ出身の彼は欧州で美術商 、エンジニア、グラフィックデザイナー、と仕事を転々とした。アジア文化と哲学に興味があり平成9年に来日、高野山 で出家した。
「京都、奈良、タイやネパール。確かに魅力的ですが、寺を出れば現実に戻る。それに比べ、高野山 には街ごと精神世界が存在する。スピチュアルな場所なんです」
とはいえ高野山 は裏道に入れば焼肉店もすし屋もある。クルトにはなじみの焼き鳥店があり、よく顔を出している。
「仏教の多くが殺生を禁じているが、(弘法)大師さまの教えはすべてのことをあるがままに受け止めて、現在を精いっぱい生きよということ。真言宗 は懐の深い宗教なのです」
クルトは柘植の店にも時々、顔をみせる。2人のさすらい 人は最近、高野山 を訪れた人たちに別れ際、こんなことを言うようになった。
「また、高野山 に遊びに来てください」=敬称略
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私は、お釈迦様、そして空海について、本をむさぼり読んだ後、昨年9月はじめて高野山を訪れた。
朝から夕方までの短い時間しかなかったので、ゆっくりまわることは出来なかったが、多くの仏閣を見て感じ、何人かの人とのほっとするふれあい(中国系アメリカ人女子大生など)もあった。
確かに、上記文にあるように高野山には外国人や老若男女が集う、懐が深く、癒しの場所である。
でもできれば、空海のこと、高野山開山のことを勉強して行った方が、より感慨深いものがある。