幼児期の記憶。
私は、就学前の記憶が著しい。
たとえば幼稚園のとき、
恐竜という生き物が、大昔にいた、ということを知った。
でも当時の私には、「恐竜という大きな動物がいた」ということは理解できても
それが「大昔」であって
「今はもういない」ということが、どうしても理解できなかった。
「死」とか「消滅」の意味がわからなかったからだ。
それで当時の私は、自分なりに一生懸命考えに考えて
そうして自分なりのこんな答えを出した。
・・・そうだ!
「大昔」というものは、きっと地面の下に埋まっているのだ、と。
「恐竜」は、地面の下の世界にいる、
だけど自分たちは地面の上に生きている、
だからたまたま会えないだけなのだと。
とうことは、地面を掘れば
そこにはぽっかりとまた空があって、
その下に、大きな大きな恐竜がいるのだと
私は理解した。
何かが無くなる、命あるものが亡くなる、ということが
あの頃の私には、どうしても理解できなかったのだ。
そうして今。
いい大人になった私は、
過去はもうやり直せなく、
現在は残酷で美しく、
未来は儚いからこそ優しいのだと知った。
川が、上から下へとしか流れることがないように、
人の一生も
ただ同じ方向へと流れ続けるのみだ。
たかだか数十年の人生は
それでいい。
それがいいのだ。