静岡への旅は、掛川城からスタート
新幹線で浜松まで行って、浜松で在来線に乗り換えて掛川駅へ。
木造駅舎は、1940年当時の佇まいを残していて、いい雰囲気
掛川駅から10分ほど歩きます。
4連休初日の8時半、誰も歩いてません
掛川城へ到着。
掛川城は、室町時代、今川氏が遠江進出を狙い、家臣の朝比奈氏に命じて築城させたのがはじまりです。
戦国時代には、山内一豊が城主となって、大規模な城郭修築を行い、天守閣や大手門の建設、城下町の整備や大井川の治水工事などに力を注いだそうです。
山内一豊といえば、高知城を築いた土佐藩初代藩主の印象が強いですが、高知城は掛川城を模して作られたとも伝えられています。
嘉永7年(1854)に起こった大地震により、天守など大半の建物が損壊。
現存する建物は、二の丸御殿、太鼓櫓、大手門番所となっています。
三日月堀
十露盤(そろばん)堀
四足門
調査では門の跡は見つからなかったそうですが、正保城絵図を元に復元されました。
太鼓櫓
城下に時を知らせるための大太鼓を納めてあった櫓。
当時使われた大太鼓は、掛川城御殿の広間に展示されていました。
天守
平成 6年(1994)、日本初の木造復元天守として再建されました。
天守は望楼型三層四階で、「東海の名城」と呼ばれた美しさそのままに復元されています
最上階からは、お天気が良ければ富士山が見えるのですが・・。
うっすらわかるようなわからないような
夫はわかったみたいけど、私はわからなかった
綺麗に見えるとこんな景色だそうです
霧吹井戸
深さ45m、日本で3番目に深~い井戸だそう。
ちなみに、1番は丸亀城(香川)の65m、2番目は福知山城(京都)の50mとのこと。
徳川家康が攻めてきたときに、井戸から立ちこめた霧が城をすっぽりと覆い隠し、徳川軍は攻撃できなくなったといいます。
そのため、別名「雲霧城」とも呼ばれています。
二の丸御殿
日本に4ヵ所だけの現存する城郭御殿(川越城本丸御殿、高知城、掛川城二の丸御殿、二条城)のひとつ。
貴重な建物ですね
「書院造り」の御殿は、見た目以上に広く感じます。
甲冑の展示がありました。
これは、杉良太郎様の御寄贈だそう
二の丸御殿から眺める天守。
二の丸御殿越しに見る天守も撮影スポットです
入口の石垣には、銀杏の形の石があるんですよ
わかりますか~
ここです
言われるとなるほど~ですね
掛川城の入館券売り場で、掛川市のマンホールカードをいただきました。
「掛川城」と市の花「ききょう」をデザイン。
座標蓋は、掛川駅南口近くにありました。
色褪せているのは残念だけど、マンホール蓋でも掛川城の姿が見れるのはうれしい~
■掛川市マンホールカード配布場所