世に棲む日々。(教育講演、研修、相談) -9ページ目

世に棲む日々。(教育講演、研修、相談)

おもしろきこともなき世をおもしろく
すみなしものは心なりけり


今年も8月15日がやってきた。77回目の終戦記念日。

(写真は先日参詣した靖国神社)


あいも変わらず日本の平和教育は祈る事ばかりに終始する。


百歩譲って小学校まではこれで良いとしよう。しかし日本の教育会は自虐史観と相まって、中学、高校、大学とその傾向は引き継がれ、最高学府たる大学では安全保障について学ぶ事や軍事研究をすることを忌避し続ける。


その表れとして『授業で安全保障を扱う大学は10校前後とみられ文科省はその実数さえ把握しておらず、大半の大学は国際政治全般を扱う“国際関係論”などの一部として扱う場合が多く、専門科目となっている事は少ない。』(産経新聞)



77年もの間、日本の教育界は戦後のイデオロギーから脱却できず、戦争に向き合わない現状が続き、自虐的な日本史観の支配は厳然と続く。


要は祈る事で平和教育は美しく完結する。


ウクライナへのロシアの軍事侵攻を非難し騒ぐ前に、戦後北方領土が同じように不当に占拠され続けている事に声を上げる事も忘れる日本人。


中国の台湾への軍事威嚇に恐怖する前に、尖閣諸島の脅威を感じれない日本人。


日本人を拉致した北朝鮮が日本海にミサイルを打ち続けても、具体的になす術もない日本人。


平和に対する崇高な理念も大切だが、安全保障や軍事について向き合わねば安息の日々など訪れる訳もない。


戦後77年の歳月を経た国際状況が今その事を知らしめている。


昨年の今日のブログです。