世に棲む日々。(教育講演、研修、相談) -8ページ目

世に棲む日々。(教育講演、研修、相談)

おもしろきこともなき世をおもしろく
すみなしものは心なりけり

ヤングケアラーとの言葉をよく耳にする。


厚生労働省のHPには「法令上の定義はありませんが、一般に、本来大人が担うと想定されている家事や家族の世話などを日常的に行っている子どもとされています。」とある。


親の育児放棄に代わって、弟や妹の面倒を見て学校に通えないなど、必要な支援が求められる事は当然ある。


しかし、ヤングケアラー支援に躍起になり、作った引き出しは使わねばとばかりに、誉められるべき道徳的な善行(=親孝行)までもが悪しき空気感に押し込まれないかと心配になる。ヤングケアラーの支援と家族思いな親孝行の励行の両面をしっかりしてほしいものとつくづく思う。


私が教師になりたての頃

ラグビー部の生徒が家業の飲食店の手伝いのため部活を辞めなければならないと相談に来た、本人はラグビーを続けたいが親の手伝いもせねばとも思っている。私もお父さんにどうにか部活を続けさせてやってくれとお願いに行ったが、お父さんはどうしても家業を手伝って欲しいとのことだった。最後は本人が部活を辞めて家業の手伝いをする事になった。その時私は「なんて親孝行な奴なんや」と素直に思いそんな彼を立派だと思い、かれの親孝行を応援した。


彼は今、家業を継ぎ中華料理屋さんを立派に営んでいるが、今の価値観で言えば親孝行な彼もヤングケアラーの箱に入れられてしまうのだろうか?


なんでもかんでもレアな例を全体的な傾向に結びつけ、なんとか症候群だとかの範疇に押し込めるような一律な空気感にならぬようヤングケアラーの支援と日本の文化的な親孝行の良さ(道徳教育)もしっかり両輪で推し進める日本の教育界であって欲しい、否、あらねばならぬと皆さんには訴えたい。


また「欧米では…」などの切り口に欧米は善で日本の伝統的価値観は悪だと言った戦後ありがちな自虐的史観とも結びつけ、日本的価値観を全て対立軸に捏造するような極端な論調が罷り通る教育界の風潮には今回も釘を刺しておきたいと思う。



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