高津高校ラグビー部の教え子の結婚式。
広島県福山市を訪れる。
式の前に福山城を見学。
日本の城は趣き深い。
若い二人の晴れの日には相応しい。
青空、白い天守。
披露宴では、お二人の前途を祝し、心を込めて乾杯の発声をさせて頂きました。
式場は洋風の立派なお城とチャペル。
久しぶりぶりに会う教え子達と福山の夜も楽しめました。一生の付き合いの通過点。
人生の門出、大切な節目を共に迎える。
教師冥利につきる。
岡山城と後楽園に立ち寄る。
岡山城は烏城とも呼ばれ威風がある。
秀吉亡き後関ヶ原の合戦も西軍の将として獅子奮迅の働きをした宇喜多秀家の築城。
日和見である事が生き残るための習いであった戦国の世に、最後まで義理と筋を通した宇喜多秀家。
関ヶ原後、秀家に変わって入城したのが皮肉にも小早川秀秋。
秀吉の妻オネの甥としての秀吉に引き立てられたにもかかわらず、関ヶ原では家康の調略に屈し西軍を裏切った。なんとも数奇な城と人。
自分の人生と照らし合わせ感慨に耽る。
城を出て後楽園へ、秀秋の死後岡山藩主となった池田綱政によって作られたのが日本三大庭園の後楽園。
戦国の世の荒々しい城の趣とは対照的な
元和偃武の安定した平和な世の空気がうかがわれる。
お城を眺めながらコーヒーブレイク
姫路城に代表される白壁の城は
関ヶ原以前にはなかった城で
白壁の漆喰技術が導入されたもの。
あたかも関ヶ原を境に
豊臣の世と徳川の世、
戦国時代と平和な江戸時代の象徴のようでもある。
活字だけでなく見た目や雰囲気を味わう事でその時代の歴史的な空気に包まれる。
さらに東へ車を走らせる。
備前は焼き物で有名だが
今日は焼き物ではなく
日本刀。
備前長船へ
備前長船は刀の産地。
備前長船刀剣博物館へ
赤羽刀という刀の特別展示。
赤羽刀とは終戦後連合国に接収された日本刀が返還された刀。当時、赤羽のGHQに保管されていたため赤羽刀と呼ばれている。
鎌倉から室町、江戸の封建の世の歴史と近代の歴史が交錯する。他にも日本刀に関する知識を沢山学ぶ事ができる。
日本刀に関わる文化言語は現代にも多く伝わっている。
「トンチンカン」
刀工三人の槌打つリズムが合わず
上手く行かない様子を伝えている。
「相槌を打つ」
も刀工のリズムを取るところから来た言葉。
他にも刀工、刀に関わる慣用句は多い。
「反りが合わない」「元の鞘に収まる」「鎬(シノギ)を削る」「焼きを入れる」「太刀打ちできない」などなど、あげればキリがが無い。
今日の特筆は
「正真正銘の折り紙付き」
絶対嘘では無い、本物、価値のあるもの。
これは刀の目利きに関する言葉、
“正真正銘の折り紙”の実物を初めて目にした。
これが正真正銘の折り紙。
さらに車を東へ走らせる。
閑谷学校
藩主池田光政により1670年に創設された
日本で初めての庶民のための学校。
藩士の子弟のための藩校ではなく
庶民の為の学校を藩主が作った事に意義がある。
寺子屋などの私塾でもなく言わば日本初の公立の学校と呼ぶにふさわしい。当時の為政者の学びへの高尚な姿勢がかいまみえる。
福山から
岡山城、後楽園、
備前長船
備前閑谷学校
教え子がくれたこの機会、
新幹線や高速道路の往復も便利で早いが、
行き先も決めないこんな地道の旅も良また格別。
教師と生徒のありよう、
人との繋がり、縁、
城と日本庭園、日本刀、学校
学びの多い旅。
体験学習、総合学習、校外学習、主体的対話的深い学びの本質を実感しました。
招いてくれた教え子に感謝しかない。
こんだ直人教育研究所
近田直人











