昨日もラグビー協会トップの保身的な判断について話をした。
今日は行政のまどろっこしい中身の無い保身的な閉鎖的議論について。
閉校になった学校のグランド利用について
教育委員会事務局とのやりとり。
委員会事務局は教師が大半。
建前としては
地域まちづくり協議会と協議して決める。
旧校舎の建物は教育センターとして委員会が活用する。
これは建前を無視して委員会の一方的な専決で決定してしまった。
残すはグランド。
グランドはグランドとして活用したい地元。
委員会は来庁者の駐車場としてつかいたいという。
私は提案として
「隣接する新校に駐車場が作られたが
普段その利用は殆ど無いので
その駐車場を使用すればグランドに車を停める必要はないのでは?
予算的にも元々ある資源を活用する事が良いのでは?」
との私の提案。
障がい者の子どもが使う場合があるので近い方が良いと言う行政。
校舎や体育館は一段上の段にある。
距離は多少遠いが段の上の新校の駐車場の方が良いのではと私。
すると今度は子どもが飛び出す危険があるのでと私には理解出来ない理由を持ち出す行政。
それならば校舎のすぐ近くに車を止めるスペースがあるのでそこを障害者用駐車スペースにしたらどうですかと提案した私。
それでもグランドに駐車場を置く規定の路線から頭が離れない委員会事務局。
何の合理性も根拠も無い規定路線にこだわる行政。
対話にもならない。
委員会の案に反対した事へのアレルギー反応?
守りの姿勢?
プライド?
それならば住民に対話など求めねば良いと思う。
私はそれでも我慢して最後の意見。
「私の対案や意見は議論の土俵にもあげてもらえませんか?」
と一旦話を置き
とにかくまだ確定していないことを確認し、会議を終える。
いつも行政はこんな感じ。
自分達の考えや規定路線から抜け出せない。
思考が止まっている。
対話や議論にはならない。
会議後、地元の後輩と外で立話をしていた私に
話しかけてくる行政。
話しを聞く姿勢がないと誤解されては困る、話を聞く気はある。と行政。
誤解も何も
理由を変えながら
規定路線から離れてくれなかったのは
行政サイド。
「それは会議で言って下さい。
私的な立話で言われても意味ないですよ。
公の会議で誤解の無いように責任持って話
をして下さい。」
としか言いようがない。
公的な会議では譲らず、
私的な会話で寄り添う姿勢は行政にはよくある事。
一旦言い出した事以外聞く耳を持たないのなら、
対話的な姿勢や会議などは意味のない
実質の無い建前そのもの。
委員会事務局や校長教頭も行政の末端。
行政だけではなく学校現場でもこのような空気が蔓延している。
上への忖度と言う名の保身が最優先。
あー、まどろっこしい。
良質な対話には信頼関係が求められる。
市民はただのクレーマーばかりではありません。
賛成者は良き市民、反対者はクレーマーのように思われているのか?
お互い相手を認め、間違っていたらお互い認めあう。
気持ちの相互理解の先に対話は生まれる。
行政の説明責任にはそんなハートが求めらる。
対話的主体的深い学び
これが今の学びの主眼。
中身のある深い対話をしたいもの。
こんだ直人教育研究所
近田直人