ひとりのブログ読者がら貴重な意見を頂いた。
要約すると以下の様な内容。(青文字)
最近のブログは学者、研究者、役人などを意識しすぎているのではないか?
理屈っぽい。根拠となる文献、数字などから説明しようとし過ぎている。
学者、評論家、役人、一般の俄か評論家を納得させたり、批判を気にしたり、
彼らが使う論理ロジックやエビデンスなどの用語も気にし過ぎ。
まさしく机上の論と感じてしまう。
もっと浪花節炸裂で人の心を揺さぶる何かが欠けている。
なるほど、と思う。
指摘された浪花節とは義理人情を大切にした、
魂の叫び、心の声。
それが無い正論は訴えても響かない。
流されていた自分に気付く。
情熱的に熱く語ると感情に流されて冷静な判断ができないと思われてしまう傾向が強い昨今。
「浪花節だなアイツ」と言われる事を避けていた自分。
大衆的で義理人情を土台にした浪花節。
そんな魂の叫びの何がいけない。
単なる気持ちの暴走なら、そう揶揄されても仕方ない。
己が、揶揄されない事ばかりに気がいき、
人の心を大切にした魂を土台にする事を忘れていた。
原点に帰ろう。
教育に対する魂の叫び。
経験値と生き様から沸き立つ心の声。
魂の叫び、心の声が使命感を奮い立たせる。
その上に立つ説明と論理。
そうや。
これが私の原点。
私は何故教師を辞め、学校を去ったのか?
無職となり選挙に出てまで何を成したかったのか?
魂の叫びを世間の皆さんに聞いてもらうため。
迷わずついてきてくれた幾多の教え子達が教えてくれたあるべき学校や教師の姿、
魂のこもったあるべき姿を
行政や政治、マスコミにはわからない現場教師にしかわからない
教師に求めらる本当の資質や教育の根本を伝える為。
そう、
今まさしく教師や学校に一番足らないものを伝える為。
その魂こそ
子供達への愛情に裏付けされた使命感。
どんな理屈がこれを否定できようか?
感情的であってはならないが使命感と言う感性からくる情熱は教師には不可欠。
忘れていた、忘れていた。
大切な原点、魂の声。
心の奥にしまい込んでいた。
使命感などと語り、やり過ぎればブラックと呼ばれてしまうこのご時世。
揶揄を恐れず初志貫徹。
外野の私なんかより、
現場の教師が大手を振ってそう言えるまで。
こんだ直人教育研究所
近田直人