大阪経済大学應援團【3】 | 甲南大學應援團OB会のブログ「雲外蒼天」

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甲南大学応援団再建物語
~黄霧四塞すと雖も、上に蒼天なきに非ず~

関西では昨日、書かせて頂いた通り近畿大学、大阪商業大学が常に応援団業界での東西の両横綱の如き感があった訳ですが、ビック3となりますと最後の1席は時代により流動的でありました。

 

昭和51年上映の映画「嗚呼!花の応援団」がヒットした当時の応援団の状況は以前、ご紹介させて頂いた通りであります。

昭和51年 応援団事情
関関同立の一角を担う関西大学、立命館大学も応援団員数は近畿大学、大阪商業大学に及ばない状況がお分かり頂けるかと思います。(もっと言えば我が団でさえ関関同立にひけをとらない陣容でありました)

この時点では大阪経済大学はまだ近大、大商大、関関同立に次ぐ第三勢力の一角であった様であります。ただ同校が注目されるきっかけになったのが、映画「嗚呼!花の応援団」に出演した事でありましょう。作中、大阪経済大学應援團の名がクレジットに登場し知名度が上がった訳であります。

諸条件が揃いながらもなかなか飛躍できない応援団は古今東西、多数ございます。飛躍できない理由は幾つか考えられますが、やはり人の問題であると思われます。傑出したリーダーが現れない限り自団が持つリソースを最大限、活用できないのであります。伝統がある事が裏目に出てなかなか変革に着手できない、長幼の序を重んじる余り、幹部の誤りをなかなか正せない、という事象が代表的な例でありましょう。【以下次稿】

 

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