第41話 鉄砲【後編】
しばらくしますと大将直々にお皿を持って来ます。テーブルに置かれた皿にはフグ料理屋では余りお見かけしない品々が盛りつけられております。
取引先社長も團員一同も見慣れぬものを不思議そうに見ておりますと
「フグのホルモンや」
と嬉しそうに解説するOB氏。牛で言うところのキモだのテッチャンといった部位が盛り付けられていたのであります。とは言え、腸なんぞはそのものだけでは存在感ゼロでありまして、鍋に入れようものなら行方不明必至という代物ですから、腸の中に細いネギを通してあり、板前さんの細かい仕事ぶりは十分に理解できても、フグの肝には猛毒テトロドトキシンが含まれている事は周知の事実であります。しかも肝や卵巣は殊の外、危険であるとされており、そのものが皿の上に盛り付けられているのですから、二の足を踏むのも止むを得ません。
席上の顔触れ的にOB氏は取引先社長氏に、しきりにフグホルモンを薦めますが、「いやあ、私はこちらを頂いてますんで…」と無難どころか美味である白子だけをパクパクと食べ、当然のことながら死の恐れがあるホルモンには箸を付けようとはされません。
「心配しなくても大丈夫」
と根拠が極めて不透明な言葉で薦められても食べる勇気はありません。すると
「そんなに心配やったら、こいつらが食べるのを見たら安心ちゃいますか」
と現役團員に話を振ってくるではありませんか!
「自分で頼んだんやから、自分で食ったらエエやないか…」
と心の中では思っても口には出せない、上意下達のこの社会。全く自分の意志には反して前後を考える事もなく
「押忍!頂きます!」
とフグの肝を口に放り込みます。食べてみれば「命を賭しても食べたい」という幻の珍味と言われるだけあって、体験したことがない美味が口の中に広がったのであります。食した團員の無事を見届けると、後は皆で皿を突き、あっと言う間に完食したのでありました。
その後、ご機嫌のOB氏はすっかり酩酊し、團員がタクシーに乗せる事になり、二次会の夢は儚くも消え去りましたが、取引先社長氏は「應援團とは命懸けの稼業でんな」とすっかり感嘆された様子で、幹部氏が翌春、もらえるであろう初任給よりも遥かに多いお小遣いを下さり、團員達の試食は一応は報われた結果にはなった次第であります。
甲南大學應援團OB会
八代目甲雄会広報委員会