第8回 求道者 森下暢夫(三十七代目甲南大學應援團副團長)【10】
乱舞の方については、元々、消滅したと思われる演目が2題ある事が分かっておりました。我が團の機関誌「至道 」が「乱舞の集い 」の開催に合わせて発刊されていた為、各代の「至道」にはその年のプログラムが掲載されておりました。
【37代目当時のプログラム】
それらを具に見ていくと27代目で途切れたものがある事に気付いたのであります。27代目当時の1回生が30代目團員でありまして、以前にも触れましたが、この代目は結果的に全員、團を去る事になります。結果的に28代目以降、團員の確保や組織の維持に多くの労力を費やす事態を招来し、團員不足の中、伝承が絶えた乱舞があった訳であります。
この時、消滅した乱舞が「流れ拍子」と「撃滅の拍手」という2題でありますが、最後に演じられた27代目より10年の歳月が流れた37代目当時、團員の誰もが観た事すらないという状態になっており、團室当番で暇を持て余した下級生が過去の「至道」を読んでいる時に「昔はこんな乱舞のあったのか」と思う程度の存在になっておりました。
リーダー部責任者である森下副團長は團勢が上り坂にある今、何としてもこれらの乱舞を再興し、後世に伝承せねばならないという強い使命感に駆られ、先輩方に指導を仰ぎ、見事、再現せしめたのであります。
甲南大學應援團OB会
八代目甲雄会團史編纂委員会