第8回 求道者 森下暢夫(三十七代目甲南大學應援團副團長)【9】
現役時代、あれだけ叩き込まれたリーダーの振りも引退すれば時の経過と共に徐々に記憶が曖昧になるものでございます。かつての名手と言われた先輩方にコンタクトを取るもののなかなか良い返事が頂けない中、森下副團長の執念が通じ「雀、百まで踊り忘れず」の名言と共に、2人の先輩方の指導を仰げる様になりました。
早速、先輩方にビデオで最近の「乱舞の集い」の模様をご覧頂くと、様々な相違点が発見されました。ご指導頂いた先輩方は20代目、23代目という過日、ご紹介 させて頂いた中興の祖 19代目牧村順二團長の門下生にあたる代でありまして、その当時も團員不足の中、OBの先輩方の指導を仰ぎながら演武、乱舞を伝承してきた経緯があったのでございます。
それ故、今日、伝わる演武、乱舞の源流は19代目前後にあると言えましょう。それ以前の10代目の親衛隊発足の頃より約6年間の黄金期の振りとはかなり相違点があるらしいのですが、正確な型の伝承は途切れております。その中で今日にまで伝わる演武、乱舞の体系を確立された時代に現役時代を過ごされた先輩方でしたので、現役團員が驚愕する程、鮮明に振りを記憶されておられた訳であります。
振りの訂正は勿論の事、「押忍」のタイミングの取り方、間の取り方等、細かい点からリーダーの掛け声まで様々な点を指導頂きました。「応援歌」などはリーダーの掛け声がかなり省略された形で伝承されておりましたので、リーダーにはそれまで以上の労力が必要とされる様になりました。
この折、先輩方にご指導頂いた型が48代目まで伝承されていったのでありますが、僅かな期間で型を修正し、下級生にも徹底させる事を遂行した森下副團長の手腕は確かなものがありました。
甲南大學應援團OB会
八代目甲雄会團史編纂委員会