第5回 甲南魂 芹生長門(三十二代目甲南大學應援團リーダー部長)【前編】
以前の記事で度々、触れておりますが、三十二代目甲南大學應援團 芹生長門リーダー部長は、現時点において我が團最後のリーダー部長であります。以降、人数的、乃至は技能的な問題で、彼の跡目を継承出来る者が現れておりません。
芹生リーダー部長が入團した昭和58年は、我が團は29代目の治世でありましたが、3回生團員がいないという変則的な状況にございました。應援團における3回生の役割は極めて重要でありまして、不在となると組織運営に様々な弊害が生じます。
加えて2回生は翌年から2年続けて最高学年として指揮を執らねばならず、幹部は團務の全てをまだ基礎が充分ではない2回生に伝承せねばなりません。幹部と2回生は分担して3回生の役割を担わねばならない訳でありまして、早い話、どの学年も通常時よりも自らが果たすべき役割の範囲が広くなるのでございます。
1回生も例外ではございません。通常、1回生は礼儀作法を初めとする團員の基礎を身に付けるのが主たる任務でありまして、演武や乱舞に関しては全ての歌とそれらのバックの振りを覚えれば良しとされます。極論すれば、4月に入團しても夏休みを含め8ヶ月しかない中、團に馴染めば良い訳であります。
ところがこの代はそういう訳には参りません。特にリーダー部は2回生も1名しかおらず、1回生は既に親衛隊候補とリーダー部候補に分けられ、リーダーの練習も行っておりました。バックの振りさえままならぬ1回生がリーダーを覚えるのはかなりの労苦を伴った事でありましょう。演武や乱舞のリーダーは普段は使わぬ筋肉を酷使致しますので、リーダーとしての基礎体力さえ充分ではない状態でのこれらの作業は並大抵の事ではございません。【以下次稿】

八代目甲南大學應援團團史編纂委員会