第6話 融通の利かない男
第5話 の続編になります。前回は困った潔癖症の團員のエピソードを書きましたが、潔癖症と並んで困るのが杓子定規なタイプの團員であります。両者は同一人物である事も珍しくなく、似たタイプであると言えるでしょう。
杓子定規…、原理主義者とでも申しましょうか、何につけても裁判官も逃げ出すのではないかと思う程、頭が固いのでございます。
例えば1回生が入團しますと、團員の心得なるものを日々、上級生から指導される訳でありますが、應援團員が日常、挨拶や返事に使用する「押忍」という言葉は、江戸時代に書かれた「葉隠」という書物に由来している、という事はイの一番に教えられます。
杓子定規團員は先輩に言われたまま「葉隠」に対する理解を深めるべく推薦された三島由紀夫先生著「葉隠入門」を下校時に購入し、一晩かけ読み上げ、翌日には当番の為、早起きした同期が團室で大欠伸するのを見つけ
「おい、貴様、人前で欠伸するのは慎めと葉隠に書いてあるのを知らんのか!」
と一喝したりするのであります。
この手の團員は「應援團員たる者かくあるべき」という原理原則を、その時々の状況を鑑みる事なく貫こうとする傾向にあります。道を歩いておりましても心なしか直角に曲がっておりますし、赤信号で歩道を渡ろうとしたり公共交通機関で優先座席に座ろうものなら、烈火の如く怒り狂うのであります。
また床屋に行っても
「角刈りと言うからはそれぞれの角は直角でなくてはならぬ」
と勝手に思い込み、角張った妙な頭をしてみたり、上級生からすれば手を焼く存在なのでございます。
この程度なら良い笑いのネタなのでございますが、徐々に笑い事では済まない事態に発生する確率が高いのもこの手の團員であります。学内でも下級生は日々の練習やお使い、OB先輩の来訪時の出迎え時など、キャンパス内を走り回る日常を送る訳でありますが、
「押忍、先輩、あそこの学生の態度は明らかに我が團に対する敵対行為としか思えません。ちょっと誅滅して参ります」
とか
「あそこのクラブは体育会にあるまじき言動が最近、過ぎる様に感じますので、今から風紀粛正に行って参ります」
とか、さらりと関東軍参謀の様な事を進言して参るのであります。
ところが日が暮れ團務も終わり、帰りに飯でも食って帰ろうとなり、杓子定規氏もお供する事になります。この日、上級生の一人が過日の競艇で奇跡の大勝を収め、酔余の果てに下級生を風俗に連れていってやろうと宣言します。こうなると俄然、行動はスピードアップし、上級生が店の勘定を済ませると、もう店の前にはタクシーが待機するという普段では考えられない手回しの良さであります。
いざ福原へ。目的のお店の前に来た時にふと下級生の顔触れの中に杓子定規氏がいる事に気付きます。
「おい、お前、嫌なら無理に付き合う事はないんや」
と配慮を見せますが
「押忍、先輩、据え膳喰わぬは男の恥と申しますので、恥をかく訳には参りません」
と胸を張ります。同期を押しのけ我先に店に雪崩れ込み、ご指名アルバムを食い入る様に見入っているのであります。
こういう一面もあるからこそ、彼も團員としてその後も過ごせたのだろうと思います。
八代目甲南大學應援團OB会
広報委員会