中州のタイソン島の果樹園。

僕たちは、山のように積まれたフルーツ、もぎたてのフルーツを前にして、
果樹園の休憩所でひと息ついていた。

日本はゴールデンウィークらしく、
周りのテーブルにも日本人観光客がちらほら。
南国の空気の中で、妙に聞き慣れた日本語が飛び交っている。
ガイド(Trang)「オイシイデスカ?」

今回のツアーガイド、チャンさんがにこっと言った。
美香「ゴン…ゴンよ!」
彼女が昨日、僕が教えたベトナム語を得意げに披露するので、思わず吹き出した。
ガイドのチャンさんもつられて笑っている。
バスの中でもベトナム語で会話していたせいか、
ガイドのチャンさんはすっかり僕たちに親しみを持ってくれている。
ガイド(Trang)「ゴトウサン、アナタ…ベトナムゴ、タクサンハナセマスカラ…
ココデ、ニホンゴ、オシエルセンセイ…ドウデスカ?」
後藤:……そ、、そうかなぁ〜
(もちろん本心からではない。)
すると横で彼女が、リュウガンを口に放り込みながら言った。
美香「私もそれを一緒に、ミトーどけたい、ってね。」
後藤:……ミトーで、見届けたい?
(急にどうした。普段シャレなんて言わないのに。)
後藤:……なんか日本であった? おかしいよ。
僕がそう言いかけたとき——
美香「わぁ〜、かわいい!!」
後藤:……ん?
美香「ねぇ、ゴンちゃん、こっちに来て、見て!」

ほかのテントの前では、現地の子どもたちがミサンガのようなものを作っていた。
彼女は子どもたちの無邪気な笑顔に夢中で、僕の話なんて聞いちゃいない。
後藤:……話、聞いてる?
美香「なんか言った?」
完全に子どもたちの世界に旅立っている。
そのとき、ガイドのチャンさんがぽつり。
ガイド(Trang)「ゴトウサンノ、カノジョモ……カワイイデスネ。」
…………………………!!
ここミトーでは、時間の流れがゆるい。
腕時計を見る気にもならない。

果樹園、ココナッツキャンディ工房、
ニッパヤシの森をかきわけて進む手漕ぎボートのジャングルクルーズ——。

美香「ねぇ〜ここがベトナムなの?
それとも、私たちが泊まってる街がベトナムなの?」
ガイド(Trang)「ドチラモ……ベトナムデスヨ。」
ガイドのチャンさんが即答した。
たしかに、どちらもベトナムだ。
ジャングルの先に広がるメコンの大河を目の前にすると、僕もそう思う。
美香「やっぱり、お姉ちゃんにも見せたかったなぁ…」
後藤:………そうだね。
美香「今ごろスパでのんびりして、めっちゃ楽しんでるんだろうなぁ~」
後藤:こっちも楽しんでるんじゃないの?
美香「そぉ~お? ねぇ、私といて楽しい?」
後藤:楽しくないわけないじゃん。なんでそんなこと聞くの?
美香「じゃあさ……なんで“さっき”キスしてくれなかったの?」
後藤:……えっ、そこ掘る? 今その話?
美香「いけない?」
後藤:いや、その……あの……タイミングが……ほら……?
美香「距離、遠いよ。久々に会ったのに置いていかれるみたいで、やだなぁ〜」
後藤:か、考えすぎだって……その……人前では……さすがに……ね?
美香「そうかな?」
後藤:そうだよ。うん。絶対そう!
美香「じゃあさ。さっき果樹園の人に“ヘビを首に巻く?”って聞かれたとき、私から逃げたよね?」
後藤:あれは! いや、むしろよく断らなかったよね!?
あれは普通に逃げるでしょ!
……いや、逃げるっていうか……避難? ほら……命の危険が……リアルに……

美香「キスのときも逃げたよね?命の危険あった?」
後藤:……いや、あれは……反射? 反射神経の暴走で……
美香「はぁ?」
後藤:……すみません……
(美香がじりじり近づく)
美香「こっちに(ベトナム)来て。変わったんだぁ〜、ゴンちゃん。」
(後藤、後ずさりしながら目が泳ぐ)
そこへガイドのチャンさん、空気ゼロで乱入。
ガイド(Trang)「ヘビハ、コワイカラデスヨネ。」
後藤:えっ!? いまの聞いてたの?
美香「じゃあ……私のキスも怖いってこと?」
ガイド(Trang)「ソウナンデスカ?」
後藤:………………いや、その……違……う……はず……です……