タン・ソン・ニャット国際空港。

日本や他の国から到着した人たちが、次々と税関を抜けて出てくる。
その人たちを迎えるために集まった大勢の人の波。

その中に、僕たちもいた。
なんだか妙な気分だ。
ついこの前までは、僕がその「出てくる側」だったのに。
まさかホーチミンで誰かを出迎える日が来るなんて、思ってもみなかった。

そう——
今日の便で専務がやって来る。三日間だけベトナムに滞在するらしい。
泊まるのは僕らの寮じゃなく、市内の立派なホテルだとか。

たしか、ニューワールドホテル・サイゴン。

後藤:……あっ!

重みのある佇まいの専務が、こちらへ歩いてくる。


専務「おぅ!」
僕たちを見つけて、手を挙げてくれた。

後藤:お疲れ様です。


専務「出迎えご苦労さん。……相変わらずここは人でごった返してるなぁ〜」

確かにその通りだ。
迎えに来ているのはベトナムの人だけじゃない。
僕たちと同じ日本人もいれば、台湾や中国などアジア系の人たちも多い。

その中に、アオザイを着て花束を持った女性が目に入った。

専務「ベトナムの民族衣装をまとった女性に出迎えてもらいたかったなぁ…」
ぽつりとつぶやく専務。

そこへ北沢さんがタクシーを止めて、声を張り上げた。
北沢「こっち、こっちー!」
僕は専務のスーツケースを持って、タクシーのトランクへ運ぶ。

北沢「専務、お疲れ様です。予定通りの到着ですね。」
専務「あ〜、北沢くん、また焼けたね。」
北沢「そうですか?」
専務「現地の人かと思ったよ…」
北沢「また〜」

専務「ところでどうだ? 後藤くん、こっちの生活には慣れたか?」
後藤:……は、はい!
もちろん嘘だ。

専務「そうだ、総務から後藤くんに渡してくれって封筒を預かってきたんだ。」
後藤:……封筒? 僕にですか?
専務「総務の子に頼まれてね。海外赴任手当に関する書類だって言ってたよ。
   『ベトナムに行ったら渡してほしい』ってさ。」

総務の子——彼女のことだ。
専務は、僕と総務の彼女が付き合っていることを知らない。

専務はバッグから封筒を取り出し、僕に手渡した。
僕は助手席へ、北沢さんと専務は後部座席へ乗り込む。

後藤:……専務、先にホテルへ向かいます?
専務「いや、荷物や土産もあるから、まず寮へ寄ってくれ。」

後藤:……シン、ディー、ホン・ハァー! OK?
運転手に行き先を伝えたつもりだったが、運転手は困った顔。
北沢「後藤、発音が悪いんだよ。……Đi đến Hồng Hà nhé.」
運転手は「ああ」とうなずき、車を走らせた。

これを言いたくて助手席に座らせてもらったのに……
赤っ恥だ。

後ろの席では、僕のベトナム語に北沢さんと専務が笑っている。
タクシーはゆっくりと空港を離れていった。

薄暗いホーチミンの街の灯りが助手席をぼんやり照らす中、
僕は専務から預かった封筒を開いた。

その中にはメモが入っていて、彼女の愛しい文字が目に飛び込んできた。
 


僕を思っての質問攻めのメモ。
でも、その答えをすぐ返せない——

そう、届かない距離を痛いほど感じた。