事由の愛・ラ ヴィ アン ローズ―薔薇色の人生―14 | 。゜・アボカド・。゜の小説&写真ブログ アボカリン☆ のお団子ケーキティータイム♪

。゜・アボカド・。゜の小説&写真ブログ アボカリン☆ のお団子ケーキティータイム♪

アボカド、お茶、藤井風ちゃん、書き物が好きです。お話(オリジナルの小説)、etc.書かせていただいています☆お団子やクッキー、ケーキ片手にお読みいただければ、幸いです。












「…綾ちゃんと黎くん、これからどこに行くんだろ?」

翌朝。

宿自慢の野菜料理たっぷりの朝食を摂り終え、ご主人とおかみさんに見送られながら、チェックアウトも済ませた大型のワゴン車の中で。

柏原家の長女瞳子は、運転席でシートベルトを締める母の隣でナビゲーションをセットしながらぼやく。

「…もうちょっと一緒に観光しよ、って誘っても、これから本州に向かうから、って行っちゃった…。残念…。黎くんともう少し話したかったのに」

「―これからいくらでも喋れるじゃない。お正月とかお盆とか…、みんなで集まる時があれば。その内親戚になるんだから」

「うん、そうだね…。
あっ、そう言えば綾ちゃんが昨日、『黎くん、大丈夫!? お尻―、撃たれた、って…』とか騒いでたけど…、あれ、結局どうなったんだろ?」

「まだ、そんな事言ってるの? それなら、黎くんが言ってたじゃない。『オモチャの弾みたいなハトの攻撃がスゴくて。ヒナの周りグルグル飛び回って、撃つみたいにヒットしてく』って」

「―そうだね、そんな事言ってたね、確かに言ってたけど…」

黎くんの口からもう一回、直接説明が聞きたかったなあ、気になる、消化不良~、とうなだれ。

どしたの? 元気出して、お姉ちゃん、と肩を落とす自身を励ます、後部座席の弟―前夜の熱もかなり下がり、元気一杯になった渉―から、クーラーボックスで冷やしたペットボトルのドリンクを手渡されながら。

瞳子は一人、従姉本田綾の恋人―藤木黎の口角を上げる、独特の笑顔を思い出す。

昨日の高知県での観光途中。瞳子は黎とこんな会話を交わしていた。




『黎くん、置いてきぼりだね…。綾ちゃん取られて寂しそう』

『強力なライバル出現に参ってんだけど。まあ、綾さんとはたまにしか逢えないんだから、仕方ないよね』

『…それより黎くん。 もし寂しかったら私に言ってね。私、黎くんとだったら、ひとときの関係でも楽しめそうだよ。私、うるさくつきまとう女じゃないから。やかましくもないと思ってるし。
黎くんになら、私のファーストキスあげてもいいよ? どう?』

『暑いからジュースでも買おっか? ちょうど自販機あるし。何がいい か、前の二人にも聞いてきてよ』




南国の陽気に長袖のシャツを折り返しながら。

にこやかな笑顔を絶やさない藤木黎だったが、彼が自身とのこの会話を終わらせたがっていたのは、分かっていた。けれど、瞳子は学校では、その従姉によく似た可愛らしい見た目ゆえにそれこそ目立ち、周囲―特に異性―からは、もてはやされる存在だった。

その自分の誘いに明確な答えを出さない、藤木黎と言う年上の男に、瞳子は興味をひかれ、何としても答えを聞きたくなってしまったのだ。

はぐらかされる―黙殺し、相手にされない―のだけは、我慢ならない。

そんな瞳子に対し、従姉の恋人はこう答えた。



『瞳子ちゃんは、可愛いから俺なんか相手にしなくても大丈夫でしょ?
それに…、ちょっと若すぎるよ。
俺だとロリコン扱いされるし、それに淫行とかで捕まりたくないし』

『じゃあ、私が大人だったらどうだった? 私が綾ちゃんぐらいの年齢になったら、綾ちゃんそっくりになってるかも―。
もし、そうなったら―』



そうだね、好きになるかも。つき合うよ、とか。ん~っ、悩むな、とか。

肯定的な優しい返事を当然のように期待していた、瞳子の耳に。

信じがたい言葉が返ってきたのは、―藤木黎が一切悩まなかったのだろう、と分かる―瞬時のタイミングで。

彼は、こう答えた。



『ゴメン。つき合わね。俺、“綾さん”が好きだから。
俺ね、めんどくさいのキライなの。
彼女の親戚に手ェ出すなんて、めんどくさいの極地じゃん。だから、最初(ハナ)から対象外だし、つき合わね。
それに―、いくら似てても、瞳子ちゃんは瞳子ちゃんで、“綾さん”じゃないから。“綾さん”Loveで、ひとすじだから、俺』

『…Loveで、ひとすじ。
分かってたけどロマンチストなんだね、黎くん。まあ、綾ちゃんは性格も超いいから、浮気する気なんて起こんないよね』

『―ありがとう』

『えっ?』

『綾さんが聞いたら喜ぶよ。瞳子ちゃんからそんな風に思われてるの知ったら。
俺、綾さんがニコニコして嬉しそうだったら、それだけで幸せな気分になんだよね』

『―』

『―なんてね。実は俺、年下苦手なだけ。女は年上に限ると思ってるマザコンだから。
瞳子ちゃんは綾さんによく似てるから。俺みたいなおじさんの相手をしてくれなくても大丈夫だから』



屈託なく笑い、悪びれる事なく堂々と綾への想いを口にした藤木黎の笑顔で、その話題は終わり。

弟の雅志に手を引かれ続ける綾の後ろを少し離れて、藤木黎と並んで歩きながら。



『ありがとう、瞳子ちゃん。黎くんの事、褒めてくれて嬉しい…。黎くんが聞いたら、絶対喜ぶ―。
黎くんの嬉しそうな顔が目に浮かんじゃう―』



『綾さんが聞いたら喜ぶよ。瞳子ちゃんからそんな風に思われてるの知ったら。
俺、綾さんがニコニコして嬉しそうだったら、それだけで幸せな気分になんだよね』



奇遇にも、綾と黎の二人の恋人同士から、同じような言葉を聞いた事に気づき。

柏原瞳子はこの時。従姉―本田綾が羨ましい、と心底思った。

従姉の相手が、資産家の息子だから、とか、容姿端麗だから、とかからではなく(確かに多少は関係してくるのかもしれないが、瞳子にとってそれらは決定的な条件ではないので)。

瞳子が羨ましい、と羨望した―その先に存在したのは、ただ、ひたすら。

愛した相手から、同じように愛し返される―、相思相愛、想い想われ、―思いやる関係。

そんな奇蹟とも呼べる様子を思いがけず覗き見て。心底羨ましくなり、昨夜夕飯前、何気に隣でテレビを見ていた母にその感動を告げると。



『あれ? 知らなかったの? あの二人はお似合いのカップルだって。相手の態度は自分を写す鏡、って言うじゃない? 綾ちゃんも黎くんも、お互いを思いやる事が出来る、素敵な二人だと思う』



全く同じだけの想いを分かち合える幸せを手にしているなど、この世界に何人いる事―いいや。数えるほどしかいないだろう。その幸せを手中にしているなんて。

人間として。きっと、これ以上の幸せはない。

美しく―けれど、人間の保護下で手入れをしてやらなければ、すぐに虫に喰われたり枯れたりしてしまう、脆く弱い、その半面、華麗かつ危うげな二つとない相反する顔を交差させる品種の花のような―得難い、関係。

―薔薇色の人生(ラ ヴィ アン ローズ)。

人生経験が浅い―まだ始まったばかり、と言ってもいい―瞳子にも、それぐらいは理解が出来。

…私も綾ちゃんみたいな―、ううん綾ちゃんを見習って、そんな恋がしたい。

どうすれば、お互いに相手を同等に思いやれる関係を築き上げる事が、可能なのか。

それを、知りたい。



そう言えば、綾ちゃん、お風呂場で黎くんの事、『癒し系』だって話してた事があったけど…。本当なんだろうか?
私にはどうしても、そうは見えないんだよね。どっちかって言うと、癒しを人に与えるより、奪いたがってるような人に見えたんだけど…。
でも、綾ちゃんが言うんだから、きっと当たってる。黎くんって奥深いんだろうな。
…もしかしたら、薔薇色の人生を歩いてる二人同士でしか分かり合えない、何かがあるのかもしれない。



とにかく、その『何か』を知って。稀有とも言うべき、最高の人生の『薔薇色』を手に入れたい。

瞳子はそんな事を思いながら。

今度逢える時があれば、従姉にその秘密の方法を尋ねてみよう、と決意を新たにするばかりだった。








一方、運転席の柏原蛍子は。

我が子のボンヤリした様子に、何考えてんのかしら。どうせ大した事じゃないんだろうけど、と一人吹き出しながら。

昨日の朝食の時の―藤木黎との―会話を思い起こしていた。




『…綾ちゃんをよろしくね。あのコ、いいコでしょ? 優しくて健気で。どっちから告白したの?』

『俺です』

『…そう。どこを好きになったの?』

『えっ?』

『あっ、ゴメンね、いろいろ詮索しちゃって。ただ、綾ちゃん、伯母の私が言うのもなんだけど。本当に可愛くていいコで。でも、そんなに特徴、って言うか他人よりずば抜けてるって言うか―、
どっちかって言うと地味な―道端や山の裾野にさりげに咲いてる自然の―可憐な花だと思うの。君みたいな華やか―この部屋に挿されてる薔薇の花みたいな人目を引くタイプから告白されるほどアプローチされてたのが、ちょっと不思議で』




恋人の伯母からの、不躾とも言うべき質問―本当に姪を愛しているのか? 実のところ、冴えない田舎娘を相手にただ楽しく遊んで―後は飽きれば捨てるだけの気楽な気持ちで―いるだけの事ではないのか―と言う核心も込めた、遠回しではあるが、ある意味もっともな問い掛け―に対し。

藤木黎は、笑顔で、そして大真面目に、こう答えたのだ。




『―俺じゃない、存在だから、です』

『えっ?』

『…綾さんは、俺じゃないから。
あの人ぐらい、俺じゃない存在の人を、俺は知らない―。見失ったらもう二度と巡り合えない、貴重な絶滅危惧種で…。
だから、目が離せない―離しちゃいけないんです。
それに…、薔薇は俺じゃなくて、綾さんの方ですよ。褒めてもらってこんなの言ったら可愛げないかもしれないけど…、俺は、薔薇じゃない』

『…』

『それこそ、道端や山の裾野にさりげに咲いてる―その辺に生えてる―ペンペン草―雑草ですよ。肥料を与えてもらわなくても充分生きていける、ね―。温室育ちの花より茎や葉を大きく広げて成長させて、太陽の光や水を横取りしちゃう、害になる草、あれです。
あっ―、でも、もし俺を、薔薇だって言ってくれるなら、棘がある、って言われた事のある言葉や態度は、トゲトゲしくて薔薇っぽいかもしれないけど。
…冗談ですよ。ごめんなさい。
とにかく、薔薇は綾さんの方です。棘のない優しい薔薇があるでしょ? あれなんです。高潔で、親しみやすくて、強くて、―弱い、そんないろんな顔をたくさん見せてくれる、奥深くて興味深い花なんですよね』




藤木黎から、驚くほど素直な想いと―少し照れくさそうに素朴な口調で囁いた―告白を聞きながら。

柏原蛍子は、驚きを隠せなかった。

確かに姪―綾は、美しい。けれど、決して華やかな薔薇ではない、と思う。どちらかと言えばその美しさは、椿のような、地味ながら凛と背筋が伸びるような種類の美しさで…。

―いや、違う。

もしかしたら彼―藤木黎は、綾と関わる旧知の人間や綾本人でさえ気づいていない日常の上っ面―澄ました仮面の下の本当の素顔―キレイな時ばかりではいられない、ドロドロとした見苦しく赤裸々な感情にまで―思いを巡らし、受け入れているのかもしれない、と蛍子は、考え。

実は蛍子は、姪の友人の園田依子から、綾が恋人と婚前旅行に出かけている、そこでどうやら初H―とまではハッキリ断言しなかったが―、記念すべき二人の時間を迎えるみたい、と聞いた時から、その相手がどんな男か見極めてやろう、と心に決めていた。

綾の足跡を追いかけ、先回りし、同じ民宿に泊まったり、綾と黎二人の部屋に乱入し、邪魔―同じ部屋で眠らせないようにしたり、風呂に入らせないようにしたりの妨害―を堂々と行ったのも、若い二人の二人っきりの時間を徹底的になくすように心がけていたためだ。

相手の男が―姪の友人曰く―資産家のご子息だろうが、王公貴族の末裔だろうが―大体、そんな輩に血を吐くような努力をして成り上がった一代目以降、ロクな人間はいない、と蛍子自身偏見に満ち溢れながらもハッキリ信じて疑わない思いを抱いていたので―、自身の眼鏡に叶わないろくでなしならば、反対しようと。逆に―ほぼありえない、と思いつつ、いちるの望みを抱いて―好青年ならば、この上ないご縁、と諸手を上げて歓迎しようと。

何せ、中々顔を合わせる事も叶わない妹の、大切な娘なのだ。その一人娘をよく分かりもしない金持ちの道楽息子に遊ばれて捨てられる―。

そのようになりかねない未来を目の前にしていながら傍観していた、とあっては、妹に合わせる顔がない。

そして、邪魔と監視を続けた結果は。

彼―藤木黎は、文句のつけようのない理想の恋人で。おまけに、親バカながら、美人だと自他共に認める長女瞳子の誘惑も一笑に付して蹴散らした―それはごく当たり前の反応だったのだろうが―、と瞳子自身から、綾とその恋人の関係を羨望する話題のおりに聞くに至り。

この青年ならば、きっと大丈夫だろう。綾を安心して任せられる。そんな安堵を抱かせてくれる青年で。

だから、二日目の夕飯以降は、綾と黎が最後の夜ぐらい二人っきりになる事を認め―子供達が風邪をひいてその看病のため、と言うのも真実だったのだが―、蛍子自身は自室に引き上げていったのである。

ただ。

ほんの一度。

彼の目が無表情―風がなく、濁ってよどんだ水面のよう―で、波一つ見られなかった時があり。

それは『ハトのヒナを助けてあげて』と綾に懇願された前後の出来事で。蛍子は、その何の感情も見えない―死んだ魚のような濁った―眼差しに、一瞬、―いい年令(とし)をして何を言っているんだ、と笑われるかもしれないが―ゾッとするような違和感と悪寒を覚え。

けれど、すぐに元に戻っていたので、あれは私の見間違いだったのかもね。歳を取ると目が悪くなって困るわ、とため息をつき。

とにもかくにも。

意外とお似合いなのかもしれない―娘の瞳子にも話して聞かせたが、互いの想いをシンクロしているかのような合わせ鏡的言動を取る―若い二人の恋を見守っていけたら、と。

妹―綾ちゃんの母親には黙っていよう。いづれ何らかの形で綾ちゃんの口から紹介されるだろうし。あの人(夫)へのお土産話も出来たし。ねっ、綾ちゃん。私の口はかたいでしょ? あっ、そう言えば、どこかでお土産買わなくちゃ―。

柏原蛍子は、大型連休後で車がそんなに混んでいない高速道路を走りながら。

帰宅への運転を続けた。









柏原雅志は、後部座席で、昨日の元気のなさを取り戻すかのようにはしゃぐ、弟の渉の影に隠れながら。

ふと、トランクに詰め込んだ旅行カバンに思いをはせ。次に。別れ際の藤木黎の顔を思い出す。




『―あのエアガンは、俺が当分預からせてもらうから』




旅路を急いでいるので、雅志達より一時間ほど早く民宿を出発する事にした綾を、家族全員で見送る際、レンタカーの運転席でエンジンをかける藤木黎に手招きされ。

呼ばれるまま行くと。半分ほど開いた窓越しに、前述の台詞を囁かれたのである。

『…心配しなくていいよ。壊したり売り飛ばしたりしねえから。その内返してやるよ。
ただ、今は、俺が預かっとく。お前がも少し大きくなって、心身ともにエアガン(あいつ)を扱いこなせるようになったらね。文句ないだろ?』

『黎くん―』

『魔法のアイテムが手元にあると、誘惑に負けて、つい使っちまうからね。
―好きな物を手に入れるためなら、やっちゃいけないと分かってても使っちゃうのが、人間だから。
…もう、渉や守くんに謝ったのか?』

『―うん。ちゃんと謝ったから。渉には、夜、部屋に帰ってからすぐ、起こして―。守くんにも、朝イチで…、民宿のおばちゃんに家の住所聞いて、謝って―、携帯返してきた。
嘘ついて、変な事、させてゴメン、って。
守くんからは、『いいよ、もう二度と会わないから』って―笑って、許してもらった…』

『そっか…』

『渉の熱―、気のせいかもしんないけど、俺が謝った後、急に下がったんだ。ホッとしたのかも、アイツ。俺ってマジ、兄貴失格だね…』

ふうん、と助手席の綾と話が弾んでいる様子の渉をチラリと眺めた後。

藤木黎が少し笑いながら。自身の携帯電話を取り出し操作しつつ、こんなつぶやきを口にした。

その時の藤木黎の顔は。会話が聞こえない人間から見れば、救いの言葉をかける慈愛に満ちた表情だったのに間違いはなく。

けれど、実際彼が口にしていたのは、こんな言葉だった。

『もう悪い事はするなよ。これからの人生、誰かに対して妙な考えに取りつかれたら、俺に電話してきなさい。
悪い事出来ねーように、お前を殺して息の根を止めてあげるから。
俺はお前がどうなろうが、知った事じゃないんだけど。お前が悪い事したら、綾さんが悲しむからね。俺、そんな綾さん見たくないし、そんな悲しい思いもさせたくないから、綾さんを悲しませるお前をさっさっと殺してあげる』




えっ? マジ? それだけはご勘弁。つか、黎くんが俺を殺した、って綾ちゃんが知ったら、スゲエ悲しむよ、と雅志が冷や汗をかきながら、精一杯の反論をすると。

黎は一瞬、思慮深い顔をし。やがて、うんうん、とうなづきながら。

『…そうだね。じゃあ、バレないように気をつけてお前を殺すよ。ワザワザ教えてくれてありがとう。いいヤツだね、お前』

と笑って。そんな返事を求めていない雅志に、言葉を返し。その時、雅志の携帯電話からメール着信を知らせる音が鳴り響き。

見ると、見慣れない電話番号からメールが届いていて。俺の番号だよ、俺、滅多に人には教えないんだけど。いつでもかけといで、と囁く藤木黎の声に、顔を上げて見つめながら。

柏原雅志は、考える。




…人間、見た目じゃどんな人だか判断出来ない、分かんないってよく言うけど。
まるで、黎くんのためにあるような言葉だよね。表面上はニコニコして穏やかなのに、実際口にしてる言葉はかなりブラック、マジ怖え。

あの時だって―。




『ハトのヒナを助けてあげて』




綾に頼まれた瞬間の嬉しそうな―子供のような素直な―表情が、一瞬後には暗転し、濁った眼差しを綾に向けた―。

その時藤木黎をとらえていた感情の正体が何だったのか、きっと周囲にいた大人は誰一人として、見破る事は出来なかっただろう。子供である雅志自身にしか理解してやる事は出来なかった―、決して何物にも左右されない彼の感情を揺さぶった物―、それは。




『…本当? ありがとう、黎くん。本当に、ありがとう…。あのヒナがどうなるか考えたら一瞬ドキドキして、頭の中、それで一杯になっちゃって―』




本田綾の、藤木黎自身よりも―その時だけとは言え―、鳥のヒナを心配する優しさと。結果、彼自身ではなく、彼以外の対象に優先的に注がれる事となった、関心への嫉妬だったのだ。

大人びた態度の裏に、隠しきれない慈愛を求める子供の駄々をこねる姿が―瞬間的にではあるが―顔を覗かせた事に、同じ『子供』の柏原雅志が気づくのに、たいして時間はかからず。




悪魔でありながら菩薩のように慈悲深く。大人でありながら子供。

メチャクチャめんどくさいし、ややこしいよ。

こんなヤツに好かれるなんて、綾ちゃん、ご愁傷さま。何か、同情しちゃうよ。どうしてつき合ってるんだろ? もしかして、弱味握られてて逃げられない、とか?

こいつが本気で潰しにかかったら、きっとどんなヤツでも逃げられないだろうな。絶対に敵に回したくない、つか関わりたくない相手だよ。おお怖っ―。




自身の携帯電話のディスプレイに浮かび上がる、藤木黎の電話番号を眺めつつ。

柏原雅志は、そこまで思い返すと。

迷った末に、『彼』の携帯電話の番号を電話帳に保存し。後部座席の窓にもたれ、スピードを増して変わる外の風景に視線を奪われた。









to be continued