ドウキン~空のない理(ことわり)の陽~ 5・Ⅶ | 。゜・アボカド・。゜の小説&写真ブログ アボカリン☆ のお団子ケーキティータイム♪

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アボカド、お茶、藤井風ちゃん、書き物が好きです。お話(オリジナルの小説)、etc.書かせていただいています☆お団子やクッキー、ケーキ片手にお読みいただければ、幸いです。








数時間後。悠介に手を引かれ連れて行かれた病院で、美和子は診察を受け。

自身の妊娠を知らされる。

「ご出産されますか?」との医師からの質問には、隣にいた悠介が「はい、産みます」と代わりに張り切って答え、医師の失笑を買い。

けれど、彼はどこ吹く風で聞き流す。

「でかした、美和子。これから大変だよ~。いや、何か最近おかしいと思ってたんだよ~。しんどそうだし、すっごい体がポカポカしてるし。
美和子、こないだ(この間)デートしてる時、本屋ですっごい真剣に立ち読みしてたでしょ?  俺が傍に来たら慌てて本棚に返して違うとこに行ってたけど…、ゴメン。俺、去り際に背中のタイトル、チラ見しちゃって。
―で、もしかしたら、赤ちゃんが出来たのかな、って」

赤ちゃん、と可愛らしい言い方をした恋人を、美和子は力なく仰ぎ見。

そうだった、香本悠介とは、こう言う―にこやかな顔の裏で意外と目端が利き、真実をみつめている―男だったのだ、と美和子は再確認し。彼の言葉を聞き続ける。

「マジ、嬉しい。俺がUターン就職なのに、美和子は関東(こっち)に就職決まって遠恋になるなあ、って思ってたから、これからもしかしたら、ずっと一緒にいられるのかと思うと、テンション上がるよ。美和子が仕事したいなら、俺、関東(こっち)で仕事見つけるし。それとも、俺についてきてくれるんなら、マジで嬉しいし。
美和子のお父さんやお母さんにも、お逢いしないと…。俺ん家の親は美和子の事、すっげー気に入ってるからすぐ結婚させてくれるだろうけど、あーっ、挨拶行くのドキドキする。うちの大切な娘に手を出した、って怒られるかな。
それだけが、考えたら、胃が痛いかも―」

「―」

「そうだ、先にお兄さんに相談してみようか? 一人でも味方作っとかないと…。美和子、今度お兄さんと逢えるように手配して―」

恋人の言葉に美和子は首を振り。…私が先に話すから。家族に逢うのは待ってくれる? と言葉少なに答え。

本当にハッキリした確信もないのに―香本悠介の子として―産んでいいのか―、私はもしかしたら、とんでもない過ちを犯そうとしているのではないか、と、考えている内に時間だけが無駄に過ぎ。

もう堕胎出来ないところまで、あとわずかとなった来た時。悠介のすすめに従い、美和子は仕方なく―今や、実家との唯一の窓口となっている―兄に連絡を取り。

事の次第を話す。

電話口で、兄は別段驚く事もなく、美和子の妊娠の報告を聞き。「産むのか?」とだけ尋ね。

妹の電話越しの沈黙を肯定と解した彼は、着々と両親と妹の恋人が逢う手はずを整え。

両親ともども―実家の町に呼び出すのではなく―、悠介や美和子の住む関東までやって来た。

美和子の部屋は寮の中にあるので、込み入った話になるだろう会合には、不向きだと判断され。かわりに悠介の小さな下宿―同じような学生が何人か入居している、八百屋の二階―の一室で、鼻先をつき合わせるようにして、向かい合って話をする。

悠介の目の前には美和子の両親、美和子の前には兄の俊が、背筋を伸ばしキッチリ正座をしていて。

大人が四人もいれば、会話を交わすだけで熱気が充満するような、狭い空間の中。悠介は、たどたどしくも、美和子への愛情と将来幸せにする事を分かってもらうため、懸命になって両親に訴え、説得は無理でもせめて傾聴してもらおうと、必死に試みている。その様子に、美和子が頼もしさを感じながら黙って見とれていると。

何やら、正面から視線を感じ。見ると俊が悠介と父親のやり取りに耳を傾けながら、いたって穏やかな表情(かお)でこちらを見ていて。それは、先日帰省していた美和子を、『心配だから』と寮まで送ると言い出した時と同じ、優しい兄の表情(かお)で。

けれど、途端に、美和子は蛇に睨まれた蛙のごとく、消え入りたい思いにかられ、うつむく。

そして、話し合いの結果は、やはり、予想していた通り厳しく。母親は何も言わなかったが、父は遠回しに堕胎を口にし。

何となく、両親が実家の敷地内に悠介を招く事を拒否した時点で、こうなる事は分かっていたが、真実堕胎をすすめられると、恐ろしさと芽吹いた命を失ないたくない衝動に駆られ。

美和子は話し合いの席を立ち、留まるように説得する悠介の手を引き、命を殺す言葉を口にし続ける場所から逃れる。

その夜。

「逃げるのはダメだよ、美和子。結婚するなら、ちゃんと話し合って許可もらわないと」

と主張する悠介とも気まずくなった美和子が、女子寮の部屋でぼんやりしていると。

兄から電話がかかってきて。

「…本当に結婚するのか?」と尋ねられ、美和子は咄嗟に答える。

「うん」

「本当に、あいつの子なのか? 美和子、無理な事はするな。産みたいなら、産めばいい。でも、子供の父親じゃないかもしれない男と結婚するのは、危険な賭けだぞ。
今まであいつとの間で一度も妊娠した事ないのに、今回だけ子供が出来た事、おかしいと思わないのか?
俺が父さんを説得してやるから、実家に戻って産め。未婚の母なんか珍しくないし、お前と子供の面倒ぐらいみてやる…」

「…子供は、彼の子だから。彼以外の誰の子だって言うの? 子供の父親じゃないかもしれないなんて―、何でそんな言いがかりつけるの? そんな事あるはずないの、兄さんが一番よく、分かってるでしょ?」

「―美和子、お前…」

「私は彼以外愛してないし、彼を裏切る事だってしたくない…。ううん、してないの。子供は私の子供よ…。それ以外はあり得ない…」

美和子の訴えに俊は無言だったが、やがて電話口から、ため息がもれる。

「…なかった事にする気か。
怖い女だな。お前」

さすが俺の妹だよ、と笑う兄の声を美和子は耳に止め。

「あいつとだったら、何でも乗り越えられる、ってワケか。―どれだけ筋の通ってない、理(ことわり)に反する事でも…、押し通せば、正解になるって」

「―」

「…分かった。ただ、あいつと結婚するなら勘当だぞ。いくら家に帰ってきたくても、戻れない事は覚悟しとけ。親父は、そう言うところは容赦しない人間だからな。
―ただ、俺にはいつでも連絡してこい。困った時は助けてやる。
お前は俺の妹で、子供…、甥か姪―の、母親だから」

「―兄さん…」

「いつでも傍にいるのを忘れるな。ツラくなったら、連絡してこい。
それと…」

「…」

「…今日話してる時、顔色が悪かったから、体にだけは気をつけろ。お前一人の体じゃないんだからな。
元気でな、美和子。また逢える日を楽しみにしてるよ」

兄との電話は、そこで途切れ。

この後。悠介と籍を入れ香本姓となった美和子は、丁寧に頭を下げ事情を説明し、内定の決まっていた会社に断りを入れ。

夫となった悠介とともに、大学卒業と同時に、彼の故郷で結婚生活を営み始めた。









数年の間、結婚生活は何事もなく過ぎていった。悠介との結婚の決め手となり、臨月を迎えて無事生まれた子供は、男の子で。母親の美和子を苦しめる事なく、安産でこの世界に生まれてきた我が子を見て、彼女は一瞬息を呑み恐れおののく。

子の顔立ちが、兄のそれと酷似していたからである。

「うわっ、俺のじいちゃんとそっくり。俺のじいちゃんも、若い時こいつみたいなシュッとした顔してて、男前だったんだって。将来、女泣かせになったらどうしよう。血液型もじいちゃんと同じだし。俺の系統がかなり強いね。うーん、これから大変だけど…、やっぱ、可愛いな。
美和子、俺、頑張るから一緒に育てあげような。悠くん、生まれてきてくれて、ありがとう」

相好を崩して―自身の名から一字を取り、悠と名付けた―子供を慣れない手つきながら、頑張ってあやす夫を見て、美和子は複雑な思いにかられ。A型同士の自分達の間から生まれた子は、A型ではなく。悠介の祖父と―それは自身の兄とも重なる―同じ血液型で。けれど、一般的によくあるパターンの話なので、誰も気にもとめず。

そう、美和子以外は。

何事もなく平穏な日々が過ぎていき。長女の美和と、双子の賢と史郎を続けて産み落とし。長男以外は皆、自身や悠介と同じ血液型だったが、気にする事もなくなり。家を建て、休みの日ともなれば家族揃って、小さいながらも可愛らしい花が咲き乱れる庭で遊んだり、行楽地に出かけたり。

実家とは全くの絶縁状態だったが、子を持ち育てる身となり、ふと両親の事を思い出し。

親不孝な事をした、と思う。話し合いを拒否し、駆け落ち同然で結婚し。手塩にかけて育てた娘から離反された親は、どんな気持ちで生きているのか考えるだけでも胸がつまり。

悠介との結婚に反対したのだって、娘の未来を心配すればこそだったに違いなく。なのに、自身は両親を説得する事もせず、妊娠と言う事実のみを主張し、強行突破で押しきった。

兄はどうしているだろう。あれから一度も連絡を取ってはいない。




『ツラくなったら、連絡してこい。元気でな、美和子』




結婚したのだろうか? どうか、幸せな家庭を築いていて欲しい。そう、自身が子供に囲まれ幸せなように。

長男の悠はやはり、悠介の子供に違いなく。明るく、妹や弟達への面倒見もいい。父親とよく一緒になって笑い転げ回る様は、まるで子供が二人いるようで。

いつか、また。赦されるならば子供達にも、自身の故郷を見せてやりたい―。

美和子が自らの幸せに酔いしれていた時。

忍び寄る影のように、『それ』は、徐々に姿を現し始めた。











to be continued