傘と自転車と日本とオランダ | 移民生活再突入。

移民生活再突入。

オランダでの移民生活7年半、一身上の都合でノルウェーに引っ越すことになりました。これからは引越しだのヴィザだの語学だので、盛りだくさんの生活が始まります。

先日Rちゃんが帰国するとき、駅まで送っていった。
その日は朝から土砂降りだったのだけれど、ちょうど駅に向かう時間帯だけ雨が止み、晴れ間がのぞいたので、二人とも折りたたみ傘を用意し、私は手持ち、Rちゃんはスーツケースのハンドルの間に差し込んで出発。
結局駅まで使わずに済んだが、Rちゃんの傘が見当たらない。スーツケースのハンドル部は下がポケットではなく筒状になっていて、下から落ちてしまったらしい。戻っている暇もないので、私が探しておくことにして、とりあえずお見送り。

帰り道、歩いて来た道筋を辿りながら帰ると、歩道の半分ぐらいに壁のハカマにする資材が横たわっているのに気がついた。近づいていくと、並行してRちゃんの傘が置いてある。
見上げたら、若いお兄ちゃん達二人が「よかったね!」という表情で私のことを見ていたので、歩道の資材を戻し、何度もお礼を言ってその場を去った。
・・・きちんと折りたたんであるほぼ新品の傘なのに、通勤の忙しい時間帯、しかも雨がちの季節なのに、誰も持って行ったりしていない。

思い出せば、オランダに住んでいるときは、よく自転車を盗まれた。一度見つかったのに再度盗まれたのを2台と数えると、7年半で5台は盗まれている。
2台盗まれた時点で公共の自転車置き場をやめて人が駐在している駐輪場の会員になったので5台で済んだが、あのまま公共自転車置き場を使っていたら、この7年半の間、その後盗まれた3台に追加して少なくとも1年に1台は盗まれていたに違いないと思っている。

「自転車を盗まれた」とオランダ人に言うと、かなりの確率で尋問に遭う。どこに止めていたか、鍵はいくつつけていたか、どのような鍵でどこにつけていたかなどなど。「二個のうち一個は(自転車屋のではなく)HEMAの鍵だったんだよね」とか「鍵はちゃんとしたのを二個つけてたけど(鍵をくくりつける)バーが空いてなかったから端っこに立てといた」とか私側の問題を見つけると、なぞが解けた!という表情で「そういう駐輪をするから盗まれるんだよ」とその非を攻め立てられる(ように感じられるが、善意にとれば「次回気をつけろ」という親切なご意見なんだとも言える。もしくは私が「オランダは盗人が多い」というポジションであることにむかついていたのかもしれないが、引っ越したとたんにがんがん自分の所有物を盗まれたらそう思うのも仕方なかろう)。

私はこの尋問が大嫌いなので、一度「大事にしてた自転車を盗まれたばかりでショック受けてる人によく『盗られたお前が悪い』なんて言えるよね!!」とブチきれてから、自転車を盗られても人にはあまり言わないことにしていた。
日本人の友達に自転車を盗まれたと言ったときに聞いたのが「オランダの自転車は日本の傘と一緒」という論。日本で傘を盗るような感覚でオランダでは自転車が盗られるというものである。
のんびりした実家は置いておいても、東京に12年以上住み、たった一度蕎麦屋で傘を間違われた以外、傘を盗られた事のない自分には解せない部分もあるが、きっとよくある人にはよくあることなのであろう。

そうなると、私の中で腑に落ちないのが「何で何百台もある自転車から私の自転車が選ばれてしまうのか」という点である。私の自転車は中古で、同じ自転車がゴマンとある大量生産型のものばかり。特段目立つ要素はないのにも関わらず、ちょいちょい盗まれている。友人は同じ駐輪場で鍵を刺しっ放しにしておいても盗まれていないという。なぜだ。

ここで私の論。私はオランダと相性が悪い、というもの。しょうもないと笑うなかれ。
そのとき一台自転車を拝借しようとした人が、たまたま私の自転車に目をつけた、というのは運が悪いとしか言いようがない。またいい鍵をつけてようがなんだろうが盗まれるときは盗まれていることから、その「たまたま」が重なってしまうことを私のほうから避けることは不可能に近いとも言える(そりゃいかつい鍵を3つも4つもつけてれば盗まれる確率も減るのかもしれないけど、じゃあサイクリングしている間何キロも鍵を背負って走りますかっていう話だ)

笑うかどには福来るというのは真実だと思うけれど、笑い続ける(笑い飛ばし続ける)のには相当強靭な心が必要だ。生憎私は強い人間ではないので、頻繁にチャレンジされるとすぐ飽和状態になり、白旗を揚げるしかなくなってしまうのだけれど、自転車の件だけでなく、オランダでの頻度は今までの人生では比較にならないぐらい高かった。環境が変わったんだからしょうがないじゃんと言われればそれまでだけど。ほんとに滅多に笑わない7年半だったので、福も来ないし顔の老化も自分でびっくり(←言い訳)。
オランダに引っ越してからすぐに今までにないレベルまで落ち込み、オランダでの生活が感情的に嫌いになり、そのまま出て行くのは救いようのない選択だろうと勉強のほうをもうちょっと続けてみて、中途半端に歴史やら文学やらのサワリを勉強し、多少客観的に物事を見られるようになったので感情的な「だいっ嫌い!」というのはなくなった。結果、オランダに対してじんわりとした感情を持つことはあったけれど、知り合いの中にもたまに見受けられる「オランダってほんと住みやすいよね!」という手放しの感覚を持つことはついぞないまま。
嫌な思いをしたとしても、それを補って余りあるプラス面を実感できるなんて、うらやましいなと思っていたけど。

ノルウェーに引っ越して、上記のようなことで心底感動出来るようになれたのは、過去7年半のおかげかと。
長い目で見て無駄ってないのね、と思った傘の一件でございました。