それは豪雨のさなかだった。
私の周りを本物の魔女たちが囲んでいる。彼女たちが唱えているのは、悪魔との契約であり、神への冒涜だ。
けれど、私は祈っていた。
ああ、神様。どうか、どうか、我が子を救ってください。
雨は激しく降り注ぐ。
雨音と、魔女たちの詠唱が混ざりあって、私の鼓膜を打ち付けていた。
雨の冷たさと手足の震え。私の意識はしだいに遠のいていった。
その日、私は最愛の我が子を失い。
そして、私は、魔女となった。
静かな雨音のなか、目を覚ました。
昔の夢を見ていたようだ。
窓の外には雨の線が降り落ちている。
空は灰色に覆われ、木々はその灰がちな空を背景に項垂れている。
雨の日の暗がりが、テーブルと床の木目に染み込んでいる。今日も店には誰もいない。
カウンターから一人、影の差した空間を見渡す。テーブルと椅子と、床と、天井からぶら下がるランプと。
使うもののいないそれらは、黙して語らず、空間と一体になっているかのようだった。
私は静かに息を吐いた。
ぼう然と天井を見上げていると、ふと、軒先に人の気配がした。
間もなく扉が開き、くぐもったドアベルの音が店内に重く響いた。
黒いスーツの上に透明な雨具を被ってやってきたその男は、雨の雫の滴るガラス越しの眼をこちらに向けると、こう告げた。
「やあ、魔女。仕事の依頼だよ」