冬も終わりになりかけたころ。
あいかわらず頭はぶよんぶよんで、体中の関節はぎしぎしで、ぴこんぴこんって歩いてたけど、ぼくは学校に慣れてきていた。
勉強はほとんどわからなかったけど、その分いっぱい本を読んだ。
先生はぼくに、授業中でもいいよと許してくれた。全然関係のない本でも、全然授業と違うところを読んでても。とんちんかんな質問にもいっぱい答えてくれたし、とても親切に、けして不憫だとか可哀そうだとかって表情を見せず、いつも明るく接してくれたのがほんとに嬉しかった。
放課後だったか、別の時間だったか、そもそも先生じゃなかったかもしれないけど、学校の図書室で。ぼくが書いた小説を見せてくれた。
4年生の時に書いたぼくの小説。とっても汚い字で(あれ、今とあんまり変わらないや!)、400字詰め原稿用紙を何十枚か、綴じ紐でまとめただけのものだったけど。
たしかにそこには、ぼくが覚えたぼくの名前で。書き取りをしているぼくの字となんだか似ているような汚い字で。少しも面白くない他愛もないものだったけれど、たしかにそこには、ぼくがここにいたんだっていう証があった。
他にも、家にはぼくが書いていたという詩や小説みたいなものや、雑記みたいなものが、やっぱりおんなじ汚い字で書かれた日記帳もあって。
読み返してみてもなにも思い出さないし、あんまりの字の汚さやくだらない文章の羅列にびっくりはしたんだけど、それでも。その時に少し気持ちが楽になった。ああきみもぼくもあんまりそう違わないんだねって。
唯一なんとかなりそうな、日本語を読む、日本語をしゃべる、日本語を書く。
ぼくはそれにしがみついた。しゃにむにかぶりつき、寝る間も惜しんで読み漁った。いや、寝ると夢を見るんだ。なんだかわからないとても怖い夢。起きてからも震えが止まらないくらい怖い夢を。だから本を読んだ。
ほんとの話、電気を消された後でも月明かりで文字を追ってた。よく目が悪くならなかったよね。
そうしてたら、次第に前のぼくの日記帳に、ぼくも文字を書きなぐるようになっていた。
それまでのぼくは、字は汚いけど、とっても素直で思ったことを精一杯文字にしたためていた。
今のぼくは、おんなじ汚い字だけど、とっても屈折して倒錯したおかしなことを文字にしてたたきつけている。
それでも。ああきみもぼくもあんまり違わないんだねって。
そう納得できた。