木漏れ日亭~つながりの広場~ -5ページ目

木漏れ日亭~つながりの広場~

まえむき心、あったか心、やさしさ心。

ぼくが伝えていきたいなあって思うことです。

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Is what shines the drop of a tear?

Or is it

The echo of a hurting heart?

Or is it...

 

Some grieve for today

Some worry for tomorrow

A place that exists nowhere

 A way of living that holds nothing

 

reached out wide with both hands

Tried to catch a star

Took one step forward

Tried to hold a dream

And in the gaze ahead

 A faint light beyond the eye of the needle

 

Hanate

This tiny heart of mine

Hanate

The light that glows at the root of my soul

Hanate

The feelings I placed upon a dream

Hanate

The light that glows at the root of my soul

 

 

Lighter than air, this self of mine

Still...

The smile I made hurts

Still...

 

I wait for tomorrow with longing

I sing of komorebi, here

I am Is it okay to be here?

I want to believe anything is possible

 

Hanate

This tiny heart of mine

Hanate

The light that glows at the root of my soul

Hanate

The feelings I placed upon a dream

Hanate

The light that glows at the root of my soul

 

Even if I don’t understand tomorrow If

I cherish today, surely

When I realize it, our feelings

Will connect—I want to believe

 

If I don’t understand the meaning If

I light a fire in my heart, surely

Since the moment we met, our feelings

Have overlapped—I want to believe

 

Hanate

This tiny heart of mine

Hanate

The light that glows at the root of my soul

Hanate

The feelings I placed upon a dream

Hanate

The light that glows at the root of my soul

 

Hanate

Hanate

 服はみんな着られなくなっていた。

 

 緊急入院から意識を取り戻すまでの4日間。通常より4倍の量になる酸素を吸ったんだって。その後退院するまでに10日間。今となっては、一度死んだくらいの重体に陥ったというのに、退院がそんなもんで済んだのはどうにも解せないけど今更確かめようもない。

 それから約3か月の自宅での療養生活の間に、吸った酸素が効いたのか、寝っぱなしの生活が影響したのか、身長が30センチ近くも伸びていた。もちろんぼくは元の自分のことは覚えてはいなかったので、ただただふらつく身体とギシギシと軋む関節の音に悩まされていた。

 

 食事も次第に一般食になっていったけど、食が細くて体重は増えることもなく復学。ひょろひょろの、ぷよんぷよん(頭の血がね……)の、ぴこたんぴこたん。ああ、たいした治療もされなかった足が痛くて。なんだか左右の足の長さも違ってたんだと思う。たぶん。

 

 当然服もサイズが合わなくて、ほんとは長袖長ズボンが半袖半ズボンみたいになってて。復学するときには、買った服がまったく似合わなくて、よけいに変なやつに思われてたと思う。

 

 

 まったく覚えのない教科書にノート。落書きもあったんだけど、その下手さ加減にあぜんとしたり、書き込まれてた字の汚さにげんなりしたり。あ、でもみんなから、その字の汚さは変わってないって言われた。ミミズがはった後みたいな独特な字が。そんなとこをひきつがなくってもいいのに。

 冬も終わりになりかけたころ。

 

 あいかわらず頭はぶよんぶよんで、体中の関節はぎしぎしで、ぴこんぴこんって歩いてたけど、ぼくは学校に慣れてきていた。

 

 勉強はほとんどわからなかったけど、その分いっぱい本を読んだ。

 

 先生はぼくに、授業中でもいいよと許してくれた。全然関係のない本でも、全然授業と違うところを読んでても。とんちんかんな質問にもいっぱい答えてくれたし、とても親切に、けして不憫だとか可哀そうだとかって表情を見せず、いつも明るく接してくれたのがほんとに嬉しかった。

 

 

 放課後だったか、別の時間だったか、そもそも先生じゃなかったかもしれないけど、学校の図書室で。ぼくが書いた小説を見せてくれた。

 

 4年生の時に書いたぼくの小説。とっても汚い字で(あれ、今とあんまり変わらないや!)、400字詰め原稿用紙を何十枚か、綴じ紐でまとめただけのものだったけど。

 

 たしかにそこには、ぼくが覚えたぼくの名前で。書き取りをしているぼくの字となんだか似ているような汚い字で。少しも面白くない他愛もないものだったけれど、たしかにそこには、ぼくがここにいたんだっていう証があった。

 

 他にも、家にはぼくが書いていたという詩や小説みたいなものや、雑記みたいなものが、やっぱりおんなじ汚い字で書かれた日記帳もあって。

 

 読み返してみてもなにも思い出さないし、あんまりの字の汚さやくだらない文章の羅列にびっくりはしたんだけど、それでも。その時に少し気持ちが楽になった。ああきみもぼくもあんまりそう違わないんだねって。

 

 唯一なんとかなりそうな、日本語を読む、日本語をしゃべる、日本語を書く。

 

 ぼくはそれにしがみついた。しゃにむにかぶりつき、寝る間も惜しんで読み漁った。いや、寝ると夢を見るんだ。なんだかわからないとても怖い夢。起きてからも震えが止まらないくらい怖い夢を。だから本を読んだ。

 ほんとの話、電気を消された後でも月明かりで文字を追ってた。よく目が悪くならなかったよね。

 

 そうしてたら、次第に前のぼくの日記帳に、ぼくも文字を書きなぐるようになっていた。

 

 それまでのぼくは、字は汚いけど、とっても素直で思ったことを精一杯文字にしたためていた。

 今のぼくは、おんなじ汚い字だけど、とっても屈折して倒錯したおかしなことを文字にしてたたきつけている。

 

 それでも。ああきみもぼくもあんまり違わないんだねって。

 

 そう納得できた。