木漏れ日亭~つながりの広場~ -4ページ目

木漏れ日亭~つながりの広場~

まえむき心、あったか心、やさしさ心。

ぼくが伝えていきたいなあって思うことです。

繋がりあえたらうれしいです。
いいね!やコメント、フォローに読者登録、応援^^。
どうぞよろしくお付き合いください\(^o^)/!

 小さいころから、とにかくよく本を読む子供だったらしい。あ、これはもう前に書いてたことだね。

 

 改めて書いとくけど、本好きの母の影響もあってか買いためていった本が、3万冊近くになっていた、って記憶にある。でも確証があるわけじゃない。だってぼくの記憶は後から創られたもので、正直中学2年くらいまでは現実と虚構の中を漂ってたようなものだったから。

 

 だからほんとに普通のサラリーマン家庭の一軒家に、そんなに大量の蔵書があったのかは今では分からない。でも、中学の3年生に上がる前に引っ越しした時には、とても大きな本棚(図書館の書架にあるような、奥の本を取るのに手前をガラガラーってスライドさせるような)と、大量の段ボールで1度では運びきれなかった荷物の多さに、引っ越しがとても大変だったってのを覚えてる。

 

 それにもう少し後になってから、母と二人で自宅を改装して、図書喫茶をしようかと本気で話し合ったこともあったくらいだから、あながち間違ってもいないんじゃないかな。

 

 赤ちゃんの頃からあんまり泣かなくて、絵本や図鑑だけでなく文字ばっかりの本も見てた。まあ字が分かるはずもないけど、2歳になって突然大人の人と普通に会話し始めるくらいだったから、もしかしたらこの子は……なんて両親が思ったのかどうか、どんどん本は増えていって。そうなると、自分でもなんかしら書いてみたくなるのもしごくあたりまえ?

 

 絵は驚くほど下手。

 字もあきれるくらい汚い。

 

 だけどなんだかわけの分からんことを、あっちこっちに書いて回ってたんだそうだ。

 

 柱とか、壁とか、床にとか、机とかにも……。

 

 ある意味面倒な子供だよね、ぼくの幼少時代って。ごめんなさい。

 

 

 だんだん学校にも、勉強にも、友達にも、それ以外のことにも折り合いをつけてなじんだようにみえてきた頃。ぼくは生徒会の副会長だったことを知ったんだ。

 

 事故前のぼくはいろんなことに興味を持ってたみたいで、小さいながらもあっちこっちに自転車で行ってたらしい(仲良くしてくれてた友達に聞いた話だけど)。それに生徒会や図書クラブとかにも入っていて、詩を書いたり小説を書いたりしてみんなに見せまくってたんだって。今思うとかなり恥ずかしいけど、まあ元気で活発な子供時代だったんだなってほめてあげたい。

 

 やっぱり生徒会に顔を出せるようになっても、やってたことはちっとも思い出せなかった。だから役員のみんなにも、相当迷惑がかかってたと思う。ひょろひょろしていて体力はないし、前までみたいに元気じゃないし。なるべく裏方に徹しようと、細々としたことを引き受けるようにした。まさかそれが、今になって大きく影響してくるなんて。ほんと人生ってわかんないよね。

 

 6年生に上がる前だったと思うんだけど、新年度の生徒会役員選挙があって。

 

 やめとけばいいのに、ぼくは副会長にまた立候補していた。

 立会演説会って、なんであんなにみんな気合い入れてくるのか理解ができなくて。そして頭の中が常に動きっぱなしで、気が休むことがないぼくは、逆に立会演説で大いに悪目立ちすることになっちゃったんだ。

 

 ふつう小学校とかの立会演説って、ぼくが当選したあかつきにはこんなことをします! とか、こんな風にクラブ改革をします! とか言うと思うんだけど、なぜかぼくは、読んだ小説(太宰だったか賢治だったかそれとも外国の文学だったか、今となってははっきり思い出せない)の感想と批評と勝手な解釈をみんなの前で披露したらしい。

 

 どんな口上だったかははっきり覚えてない。でも聴いてた全校生徒のあぜんとした顔や、先生方の困った顔は覚えてる。言い終えた後には、変な後悔が襲ってきておおいに落ち込んだ。そんなになるんならやらなきゃいいのに、その時は自分が間違っちゃいないって思ってたんだ、と思う。

 

 必ず一人は候補者の応援演説があるんだけど、たぶん事前に打ち合わせたのと違ったことを思いつきで語ったぼくに、応援演説に応じてくれた友達は、持ってた原稿に目をやってからその原稿を閉じた。

 

 ○○君は前の○○君じゃないけど、おんなじ○○君です!

 変なことを言ったり、変なことをしたり、おかしなところもいっぱいあるけど、○○君は○○君です!
 友達のぼくが断言します。○○君はがんばってます! きっとがんばってくれます!

 

 みたいなことをくりかえしくりかえし、目に涙を浮かべながら叫んでたのが目に焼き付いて、今でも忘れられない。もしかしたら僕が勝手に作り上げた脳内でのお話、妄想なのかもしれないけど、ぼくにとっては大切な思い出。

 

 そのおかげでか(それ以外には考えられない)、もう一年間副会長をやれることになった。

 

 その友達とは40年以上経った今でも、年賀状の交換だけは続いている。

みずをいきおいよくまいた  
てっぺんにふりかかるよう  
あしもとにはちいさなにじ  
ぼくもぬれてひとつになる  

ぐりっぷをおもいっきりまわす  
かぜをうけたくなったんだ  
とおりすぎるまちなみが  
ぼくをつつみひとつになる  

どうしてすべてまるくならないの  
こんなにすてきなことなのに  
どうしてみんなまるくならないの  
とてもかんたんなはずなのに  

むだにきりょくをつかいきり  
むだにきもちをすりへらし  

あったらいいのかな  
えいきゅうにまわるもーたー  


おもいきってこえをかけてみた  
おひさまのえがおがみたくて  
きみがたいようなら  
ぼくははしりつづけられる  

はなからありえないってきめつけ  
しょせんはゆめだってあきらめて  
あしたなんてこないってなげいて  
きょうをうつむいてすごす  

そんなんじゃない  
そうなんじゃない  
わかってるんだほんとは  
そんなことないよ  
そうおもえるんだ  
みんなしってること  

おもいはすすむちからになる  
ふみだすあしがみちをつくる  
つきることのないぱわーは  
むねにこだまするびーとは  


あったんだここに  
えいきゅうにまわるもーたー  

きょうめいしあう  
えいきゅうにまわる

ぼくらの