第25回KOMOGOMO展

はじまります

 

第25回KOMOGOMO展

02月16日(土)17日(日)

10時〜17時

(17日 12〜16時 コンサート開催)

上野恩賜公園噴水前広場

 

 

そして今回は、千駄木にある森鷗外記念館の仕事をされている森鷗外記念会常任理倉本幸弘氏に歴史ある上野公園について一筆書いて頂く事が出来ました。

上野にゆかりのある文豪、森鴎外さんの記念館の展示は勿論、建築もとてもスタイリッシュで素敵です。

文京区立森鴎外記念館HP: https://moriogai-kinenkan.jp

 

 

 

上野公園生みの親であるボードウィンの像

 

 

上野の丘の四季折々に

 

第一回 私たちは恩知らず

 

倉本幸弘

 

 四季折々に、上野の丘は様々な姿を私たちに見せてくれます。深緑の樹々、

冬枯れの木立、丘に向かう道沿いの民家の前庭の薔薇や紫陽花、かなたこなた

に散り惑う枯葉、木の下道を若い芸術家たちが行き交います。

 上野の丘は、日本で最初の「西洋式公園」なのでした。

 本来、西洋式公園には、森があり、草はらがあり、適度に蛇行する舗装されないま

まの道があり、広場があり、池や泉があり、程よい数のベンチが置かれていま

す。詩人や音楽家たちの銅像が自然な姿で置かれ、画家が絵を描いています。

ささやかな演奏会が開かれます。本来、そこは静かな場所で、人々が散歩した

り、思索したり、読書したり、座って、あるいは寝転んで語り合ったりする場

所なのです。

 コモゴモ展の会場の傍ら、東京国立博物館に向かって左側の林の中に、小さ

な胸像があるのをご存知ですか。オランダ人の軍医、ボードウィンの像です。

 実は、この人こそが、日本初の〈西洋式公園〉である、この上野公園の生み

の親なのです。

 かつて、寛永寺の伽藍を中心とした江戸の聖地であったこの丘は、戊辰戦争

の上野の戦いで焼け野原になり、ただ幽邃な森だけが残りました。明治新政府

はここに医学校や病院を建設するつもりでした。

 ボードウィンさんは、せっかく残ったこの森をなんでなくしてしまうのだと

その計画に大反対、丘全体を公園にすることを強く明治新政府に求めました。

その頃のお役人さんもエラかった。彼の提案をそのまま聞き入れました。

上野公園が開園したのは,明治9(1876)年のことでした。

 ボードウィンさんの胸像は,西郷さんをはじめとする他の人たちの立派な銅

像に比べて、まことに慎ましやかな姿です。私たちは、恩知らずなのです。

 今度、コモゴモ展にいらした時に、ぜひ、この小さな胸像を探してみてくだ

さい。その眼差しは噴水前の広場の方をじっと見つめています。

 今日の上野公園の姿に、彼は何を感じていることでしょう。

 

 

ボードウィンの像 上野公園のどこにあるでしょう

 

 

上野公園の生みの親であるボードウィンの像、上野公園で探してみましょう。

 

 

 

 

 

 

 

KOMOGOMO展とは。

東京藝術大学出身等の若手アーティスト達によるアートマーケットです。

第25回 KOMOGOMO展  

日時:02/16(土)・17 (日)

場所:東京都上野恩賜公園

 

 

 

 

 

@KOMOGOMO_TEN

 

 

 

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