「良いな、好きだな」と言う作家をみつけると、
すぐにその作家の本ばっかりを読むようになる
と言う、私の特徴。

もっと落ち着いて焦らなくても良いのに、
ともう一人の私が言うけれど、
こればっかりはしょうがない。

そんな訳で、イーディス・ウォートンブームの中、
お次はこちらの「幽霊」

あっという間に「キャー!」と言う種類のお話ではなく、
「そう言えばあれって…」と言うようなじわじわ怖い系の
短編集。

大きなお屋敷が出てくるお話が多くって
こう言う舞台設定が好きな私はそれがまず嬉しい。

でもさ、ファサードとか建築用語をそのまま説明無しって
ちょっと不親切の様な気が…

私はこの直前に読んでいる「歓楽の家」の中で
ファサード(正面)とあったからわかるけれど…

中でも特に「小間使いを呼ぶベル」は
ちょっとヘンリー・ジェイムズの「ねじの回転」を
彷彿させて、またあの本を読み返したくなった。

こう言う「今思うとあれって…」と言うエピソード、
それもこのお話に出てくるような立派なお屋敷で、と言うの
体験する人がなんだかとってもうらやましい!

また、著者略歴の「ニューヨークの富豪の家に生まれる」
と言うところも、とってもとってもうらやましい!

明日から読む本は「無垢の時代」、
ウォートンの日々は続く…

 

 

この間読んだ短編集、違う本2冊の両方に
入っていた、イーディス・ウォートンの
「ローマ熱」が面白かったから、
図書館で取り寄せて読んでみた。
(書庫で眠っていたよ)

 

これが、とてつもなく素晴らしくて!

また、二段組の印刷が懐かしくって!

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昔はこう言う本が多かった気がするけれど、
最近はほとんど見ない気がしますね。

なんだか昔図書館でせっせと本を借りて読んでいた
自分を思い出してしまった。

 

さてさて、主人公リリー・バートは
両親は亡くなり、伯母の世話になって暮らす
29歳の女性。

 

伯母から不定期にもらえるお小遣いを頼りに
暮らすが、美しいものが好きで、
周りの金持ちの友達との付き合いもあり、
また一攫千金を夢見てギャンブルにはまったりと、
なかなか厳しい台所事情。

 

大逆転を狙って金持ちの独身男性に
近付くが、上手く行きそうになると
わざとかの様にその話を自分から壊してしまい、
ずっと、ミス・バートのまま。

 

どうしても、お金だけの為と割り切れず、
「このままこの退屈な人と…」と思うと
嫌になってしまうみたい!

 

一部は自分が招いたともいえる災難に襲われ、
仲良しと思っていた人から罪をきせられ、
華やかな世界を追われ…

 

終わりの方に、ある人と
お茶をする場面があるのだけれど、

最初の頃の場面と繋がっていて、
あまりの「現在」の悲しさに泣けてしまった。

 

人物、状況の描写がすばらしく、
「自分がこうだろう、と思って良い気になっていたら
まったくそんなことはなく絶望する」と言うような
感情の動きなんかは、ひたすら「ある」と言う感じ。

 

どうなるの?、どうなるの?
と引き込まれて、せっせせっせと読んで読んで
読み終わってしまって寂しい!

 

この本がたまらなく欲しいのだけれど、
絶版と言うかこの出版社自体がもう存在しないのですって!

 

これからは古本屋さんをみつけたらお邪魔して、
それでも駄目なら、
また、いよいよ久しぶりに神田に遠足などしたりすることに
なりそう!

 

美しく、気高い、リリー・バート、
意地悪で、我儘だったけれど、
「あの手」を使わないで、本当に良かった、と思う。

 

そして、あ~ぁ、セルデン、どうしてなの?と聞きたい。
でも、やっぱりそれは可哀想だな。(しんみり)
 

著者 :
松柏社
発売日 : 2016-06-08
どこかでみかけて、
どうしても読みたくなり、図書館で借りた本。

ベスト10とありますが、実は11個お話が入っています。
どうしてもあと一つ、入れたかったのですって!

この間読んだ岩波の短篇集でも入っていた
「ローマ熱」が入っていたけれど、
夜になって来て
レストランが段々忙しくなってくる感じとかが
本当に風景として浮かんできて、
とても良かった。

二人の女性の関係性も横に座っている様にわかる。

どうしても「出し抜かれた風であったけれど
実はそうでなかった」側の肩を持ちがちになるのは
何故でしょうね?

あと「何かの終わり」(ヘミングウェイ)も
この間の短篇集に入っていたな。
確かにこちらの翻訳の方がすっきりとしていて、
情景が浮かんでくる気がするな。
(名訳と言うことか)
岩波版は最後のセリフがちょっと気になったので、
こちらの方はどうなっているのかな?と
頭の片隅で思いながら読んだけれど、
とても自然で納得、だった。

あと面白かったのはバーナード・マラマッドの
「殺し屋であるわが子よ」

息子が心配のあまり暴走するお父さん、
責任を押し付け、そのくせ手助けはしてくれない奥さんと
関わりを避ける娘と、
お父さんが目に入るだけでもイライラする息子と…

好きすぎて心配過ぎてほっとけないけれど
尾行するように付いて回るくらいしかやることがない、
って言うのが滑稽で、やっぱり切ない。

この翻訳者の方が、詳しい解説とマル秘話みたいのを
巻末に載せていてくれて、
これが学生時代の面白い授業のようで、懐かしくもあり、
なんだか「先生」と言う存在に
再び触れたくなった!
著者 : 長尾智子
暮しの手帖社
発売日 : 2013-12-14
あれ、前の巻より面白い…と最初思ったけれど、
段々…、この感じは…

説教くさい…ではない…、
押し付けがましい…でもない…、

しばし考え、はっと閃いた、
これは「小うるさい」だ!!

この方、見事にぜんぜんふざけないよね…と思って、
前の巻の感想みて見たら、
全く同じことを書き付けていて
そんな自分に笑った!

長尾さんも迷惑じゃろうて、
場違いな者が訪ねまして失礼いたしました。
なかなかに成熟した年齢にもなり、
身近な人が亡くなったりすると
やっぱり色々考えますわね。

部屋も、立ち居振舞いも、持ち物も、
ギスギス、キンキン、モゴモゴ、
ガサガサ、ボサボサ、ボケボケは
嫌だ、そんな風になりたくな~い!

と言う訳でこんな本を開いてみる。

ともかく、何においても、
自分が大好きなものをみつけて、大事にして
そればっかりに明け暮れると良いみたい!

また、逆境と言うか、ハプニングと言うか、
そんなのがあった方が、
自分の長所を使って工夫しやすくて、
ぐーんと活躍出来たりするように思った。
続きまして下巻でございます。

上巻の方が、好みに合うのが多かったかな?
と思ったけれど、
今目次を見返してみると、
そんなことはなく、
あれもこれも面白かった。

中でも、

「ユダヤ鳥」バーナード・マラマッド

迷い込んできた喋る不思議な鳥、
理不尽な振る舞いをする「権力者」に
恐ろしくて何も言えず、
好きな人も庇えないの、辛いね。

「動物園で」ジーン・スタフォード

かっこよくもなく、お金持ちでもなく、
世間の評価は低くって、風当りも強いけれど、
意外な形で、本当に心の支えになってくれる人、
いつもふと、思い出す人。

本当にその人を思っての行動なのか、
ただ自分の理想を求めて、その為なのか、
が分かれ目!

「ゼラニューム」フラナリー・オコーナー

もう、誰かの手を借りなければならなくなった老人、
でもそれを認めたくはない、
人を差別することを「立派」な「ちゃんとした」男の
振る舞いだと思っている。

この主人公に感情移入させながらも、
この振る舞いは愚かだ、とちゃんと思わせる筆致がすごい。
なんと、この作品が学校の卒業制作なのですって。

その他、大好きなサリンジャーの「笑い男」も入っている。
お気に入りのお話も違う人の翻訳だと
雰囲気が変わって面白いね。

それでも、
ジョン・バースの「暗夜海中の旅」と言うお話が、
どうしてもどうしても意味がわからなくってつまらなく思えて、
読まないで飛ばしてしまった。
短篇小説で、飛ばすなんてことほとんどないから
なんだか落ち込んでしまったけれど…。

また、ジョン・アップダイクの「別居」は
ちょっと感傷的過ぎ、また作者の
「ね?読んだ?良かったでしょ?」と言う感じが
なんか鼻につく感じでね。

そんなものもあるけれど、
この本は上下とも読んで損は無い作品だと思う。

アンソロジーは、
今まで知らなかった作家とも気軽に出会えるし、
色んな種類のお話を読んで得した気持ちになるし、
とても良い!
ある短編集が面白そうで、
図書館で予約ついでに、出てきたこちらも予約して借りたもの。

はじめ、「あれ、このお話知ってる…」と言うのが
三話目まであって、
「読んだことあるのかなあ?」と思ったけれど、
四話目から知らない話になったから、
どうやら一度借りて、返す日までに全部読み切れなかった本みたい!

どれもこれもぐーんと胸に迫るものばかり、
粒ぞろいの作品群、と言う感じだけれど、

特に好きなのは

「ローマ熱」イーディス・ウォートン

自分が蔑んだり馬鹿にしたり、
あるいは出し抜いた気でいた相手が実は…と言うのにどっきり。
こんなこと、多かれ少なかれあるものだ。

「手」シャーウッド・アンダソン

かくも「集団の心理」と言うのは恐ろしいもの。
正義をかさにきて、ある誰かの純情や優しさを
踏みにじる様な事を今までたくさんしてきたようで恐ろしくなる。

「人を率いる者」ジョン・スタインベック

何度でもしたい話ってあるもんだ。
今はまだしなくても我慢できるけれど、ね。
でも、「もうその話やめて!?」と言う気持ちも、よくわかるんだな。

その他、アースキン・コールドウェルの
「スウェーデン人だらけの土地」は
『これをよんで、スウェーデンの人は怒らないのかな?』と
ビクビク心配してしまった!
でも「とんでもないこと」が起こりそうで起こりだして、
ヒステリー状態になる主人公の雇い主の奥さんに、
なぜかとてもイライラしてしまった!

今、下巻を読んでいるけれど
それもとても面白い。

この本、買おうかな~?
この本は、ふと図書館で借りたけれど、

夢物語みたいな世界でなく、
現実感がちゃんとありながら、
お洒落で、色々なヒントがちりばめられていて良かった。

服装のところも、
大人が似合う服装でそして個性的、と言うのが
見ていて楽しい。

大概、地味過ぎたり、無理していたり、
が多いから。

しかし、家事と言うのは
手間をかけよう、と思えばいくらでもかけられるもの、
と言うことが改めてわかった!
日本三大仇討の一つ、なのですって!
(忠臣蔵、曽我兄弟、そしてこちら)

全然知らなかった、知る気も無かった。

そういう話が大嫌いで、
忠臣蔵も馬鹿らしいと思って
年末は目を背けていたけれど、

ある時「戦国鍋」と言う面白い番組で
パロディにされていてちょっと許せるようになり(?)、

その後、荒俣先生に本で、
「仇討は名目上の事で実は治水権争いが絡んでいる」
と教えてもらい、「なぁんだ!」と一気に腑に落ちた。

今回読んだこのお話を読んだ感想は
まず、みんな、元気だなってこと。

意気込みって言うか、ガッツが違うよね。

でも一方でどうでも良い事に血道をあげていて
馬鹿らしいな、とも思った。

お話は、私以外の人は全員すでにご存じなのかもしれないけれど、
一応のせておくとすると、

岡山藩主の寵童、美少年源太夫が
部屋住みの若者又五郎に斬り殺される。

知らなかったんだけれど仇討って、
親が息子の、兄が弟の(目上が目下の恨みを晴らす)
って言うのは駄目なんだって。

源太夫には弟はなく、兄(数馬)しかいなかったので、
どうにもしようが無かったのだけれど、
藩主の池田忠雄が急死し、
その遺言から「上意討ち」と言う名目が出来た。

一方又五郎の身柄は、江戸の旗本たちが匿い、
旗本対岡山藩の様相を帯びてくる。

この又五郎と言う男の描かれ方が
又右衛門を引き立てる為なのか、
私が部下だったらさっさと見限りたいような人物。

ま、又右衛門(数馬の義理の兄)も
ここまで完璧だと疑いのまなこを
向けたくなる。

また、源太夫の兄数馬もわりとへなちょこで
可愛そうなくらいよ。

決闘、じゃなかった試合と言わないと
又右衛門に怒られちゃうんだけれど、

試合の日は、剣術が不得意なもんだから、
又五郎斬るまでにすごい時間がかかり、
顔に見た人が吃驚するくらいの刀傷まで負っちゃって、
その後は俯いて過ごしていたとのことで

数馬は、本当は仇討なんか
したくなかったんじゃないのかな。

「仇討」を出しにされ、
まわりの男たちのプライドをかけた
意地の張り合いに巻き込まれたとしか思えない。

あと驚いたのは、
責任を取って、悲嘆にくれて、
それぞれあっという間に自害するってこと。
上下関係や家のしがらみとか、
昔も今も色々よね。

やっぱり日本刀の出来が素晴らしいから、
ちょっと寄りかかるくらいで
スパッといけるのでしょうねえ。

と、色々つべこべ文句ばかりつけているようだけれど、

数馬一行が又五郎の居所を探り、討ちたいと思っているのに
なかなか居場所を掴めないところ、
そしていよいよ「試合」の場面は、
やはりこちらまで緊張してきて
気持ちが張り詰めました。

途中途中、「この件はこう言う言い伝えがあるけれど
この本ではその説をとらない」とちょいちょい
挿入されて、なんだか興ざめだったのだけれど、
史実を扱った作品では当たり前のことなのかな。

「この他の説も知らないわけではないよ」と言う
アピールという訳ではない、のよね?

なんだかんだ言ってますが、
難しいところ斜め読みしてしまいましたが、
自分としては珍しいものを読んで、
気分転換になりました。

仇討って言うのは
結局不幸を引き起こす、と言う気持ちは
かわりません。

ただ、どの仇討も
大義名分に使われがち、と言うのは
わかりました。
詳しい感想は下巻にて。

丸谷才一さんのエッセイの中で紹介されていて、
面白そう!と思って、読んでみた。

こんな機会が無ければ絶対の絶対に読まなかった。

仇討が大嫌いなわたくしなのだもの…。

驚くと男女問わず「げッ」と言い、

うるさい時、静かにさせたい時は「叱(し)ッ」っと言う。